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逢坂冬馬『歌われなかった海賊へ』レビュー ナチス政権下のドイツを生きた少年少女の知恵と勇気

野蛮な暴力にさらされた人を見捨てない。
逢坂冬馬の最新作『歌われなかった海賊へ』は、そんな勇気をくれる力強い本だった。

前作『同志少女よ、敵を撃て』(2022年本屋大賞受賞作)があまりに衝撃的な内容だっただけに、筆者は期待MAXで読み始めた。結果、「また違った方向性で傑作だ!」と大満足。逢坂節全開の戦争小説でありながら青春小説でもあり、そして音楽小説でもある。是非お勧めしたい本だったので、以下、読みどころを紹介する。


「私は、人の焼ける臭いを嗅いだんだ」

舞台は 1944 年のドイツの片田舎。日雇い労働者の主人公・ヴェルナー少年が従事するのは、単なる鉄道の敷設工事のはずだった。

ある日彼は、地図にも載っていない巨大施設を線路の先で発見する。高射砲や鉄条網、地雷で囲まれた工場は、ナチス政権が推し進めるおぞましき軍需産業と大量虐殺の現場だった。しかし、鉄道工事で経済的に潤った村の大人たちは「強制収容所」の存在を直視しようとしない。ヴェルナーは心中穏やかではなかった。

16歳の少年が、欺瞞だらけの大人への「反抗心」をまっすぐに語る。本作を読んでいるとそれがズシンと胸に響いてくる。

ヴェルナーは同年代の仲間・レオンハルトやエルフリーデらとともに、“不良”少年グループ・エーデルヴァイス海賊団を結成して活動していた。国家から押し付けられる愛国心と帰属意識から自由になろうと、違法な外国ラジオを聞き、酒を飲み、反戦ビラを村中に撒く。そんなことに明け暮れる毎日だった。

もちろん海賊団たちは、ナチス政権という巨悪を自分たちが倒せるとは思っていない。でも、強制収容所に無関心になってしまったら、二度と胸を張って生きていけなくなるという予感がしていた。

メンバーのひとり・エルフリーデは心中をぶちまける。

「私たちは何も見なかった、私たちは何も聞かなかった、私たちは、ただ自分たちが生きられるように精一杯頑張っただけですって。そうやって、他人をごまかして、自分をごまかして、本当の自分に向き合うのを避けて一生を送ることになる。私は嫌だ、私は見た、私は聞いた、私は、人の焼ける臭いを嗅いだんだ

こうして海賊団は動きだす。強制収容所に打撃を与えようと、彼らは持てる知識と能力を総動員してある作戦を立案した。胸に秘めた思いを具体的な計画にしていくプロセスが、緻密に生き生きと描かれる。筆者としてはここが一番の読みどころだと感じた。

奮闘する少年少女の姿があまりに眩しい。そして“大人”の読者としては、「見て見ぬふりをするな」というメッセージを痛いくらい受け止めることになる。だから、覚悟してこの本を読んでほしいのだ!


エルフリーデの演奏シーンを観てみたい

冒頭で触れたように、『歌われなかった海賊へ』では音楽シーンが登場する。重要な局面で、エルフリーデがハーモニカを吹き、自作の歌を披露していた。

読んでいて、筆者は近年のアニメ映画『竜とそばかすの姫』や『ONE PIECE FILM RED』を連想した。振り返れば、音楽が敵味方の壁を越えて心をひとつにするというストーリーは今や大ヒット作品の重要な一要素となっている。

一方で、『歌われなかった海賊へ』は超人的歌唱力を持つ歌姫キャラを前面に押し出すという描き方をしていない。思うに、「ジプシー音楽」をフューチャーしたところにミソがあるのではないだろうか。

作中、自らの国を持たず、アジアやヨーロッパ各地を移動して生活する「ロマ人」(ジプシー)が話題にのぼる。

彼らの奏でるジプシー音楽は、かつてクラシックの大作曲家たちを虜にした。エルフリーデが演奏した『ツィゴイネルワイゼン』は、スペインの作曲家・サラサーテがジプシー音階を取り入れたヴァイオリン独奏曲で、19世紀ロマン派の作品群の中でも特に人気が高い。とにかくエキゾチックで、感傷的で、情熱的なのだ!

他に例を挙げると、ビゼー(フランス)の歌劇『カルメン』、リスト(ドイツ)の『ハンガリー狂詩曲』、ブラームス(ドイツ)の『ハンガリー舞曲』など。歴史を紐解けば、ジプシー音楽は国境を超えた一大ブームになっていたことがわかる。

エルフリーデの作品がどういう曲想なのか詳しい描写はないが、ジプシー音楽の流れを汲んでいる可能性はある。筆者の仮説が正しければ、この曲が村中に知れ渡って、立場を超えて皆が夢中になるというくだりは、本当にあってもおかしくない話に思えてくる。

そしてエルフリーデの曲は、ナチス政権によるロマ人迫害というストーリーに絡んでいるし、もちろんこの本のタイトルとも関係がある。やはり見逃せないポイントだ。

筆者としては、何としてもエルフリーデの曲を聴いてみたい……! だからこそ、『歌われなかった海賊へ』の映像化を切望する。アニメでも、実写でもいい。早くもそんな妄想をしてしまうくらい、読みどころ盛りだくさんな傑作なのだ。

■書誌情報
『歌われなかった海賊へ』
著者:逢坂冬馬
出版社 ‏ : ‎ 早川書房
発売日 ‏ : ‎ 2023/10/18
単行本 ‏ : ‎ 376ページ

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