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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #4: イヌにキシリトールはダメって聞くけど,ガム食べる?

今回はワンちゃんのキシリトール中毒,虫歯予防ガムの,あのキシリトールです。
前回(#3),ブドウ中毒は2000年代になって報告されるようになったと述べましたが,キシリトール中毒も2006年に米国で報告されてから話題になった,比較的最近の知見です。 
とは言え、最近ではネット上の多くのサイトがキシリトールの危険性に言及していますので、ワンちゃんオーナーさんはよくご存知ですね。

イヌがガムを食べる?

ただ,ワンちゃんがあのキシリトールガムを食べるのでしょうか? 確かにフルーツフレーバーなどのガムもあるので,ワンちゃんも美味しそうに感じるのかもしれません。 でも,実際にキシリトールガムで中毒になったワンちゃんの話って,あまり聞かないですよね。 事故事例がそんなにあるのでしょうか? 本当のところ,どうなのでしょうか? 

学術論文では

そこで,いつもの Frontiers in Veterinary Scienceに掲載された2016年のレビュー"Household Food Items Toxic to Dogs and Cats" ですが,#1のチョコレート中毒の記事に引用した,論文の導入部分をお読みくださった方は既にお気づきですね。 このレビューで調査対象の一つとなった米国の研究所のデータでは,キシリトール摂取による中毒事故は,チョコレート中毒に次いで2番目に多かったと述べられています。 キシリトール中毒は実際に起こっており,ワンちゃんオーナーの皆さんには,決して侮れない要注意物質と言えそうです。

キシリトールは,シュガーレスガム,キャンディー,パン,クッキー,その他の焼き菓子など,多くの製品で主に人工甘味料として使用される糖アルコールです。 調理やベーキング用のパウダーとして購入することもできます。 その抗菌活性と嗜好性から,さまざまな医療製品やデンタルケア製品にも含まれています。 懸念すべきは,キシリトールの使用は人間用の製品に限定されないことです。 キシリトールは,イヌやネコの歯の健康を維持するための,飲料水添加剤の成分でもあります。 近年の甘味料としてのキシリトール市場の拡大により,ペットがこの化合物に曝露されるリスクが高まっています。 イヌは,重篤,致死的な臨床症状を発症するリスクがあります。 イヌでは(ヒトと違って),キシリトールはインスリン分泌を強く刺激するため,血糖値を著しく低下させます。 たった0.03 g/kg の低用量でも,低血糖を誘発した例があります。 さらに,キシリトールの摂取はイヌの肝不全と関連しています。 肝障害を誘発するメカニズムは,まだ明らかになっていませんが,キシリトール代謝に続くアデノシン三リン酸 (ATP) の枯渇,肝壊死,あるいは肝細胞を損傷する活性酸素種の生成,またはその両方に関連している可能性があると考えられています。 米国動物虐待防止協会 (ASPCA),動物毒物管理センター (APCC) のデータによると,キシリトールがイヌに肝不全を誘発する最小用量は 0.5 g/kg です。 キシリトール中毒の臨床徴候は,低血糖あるいは肝障害,またはその両方に関連している可能性があります。 通常,嘔吐が最初の臨床徴候で,続いて活動性低下,運動失調,虚脱,および発作を含む低血糖の徴候が,摂取後 30 ~ 60 分以内,または最大 12 時間まで遅れて発現する可能性があります。 肝障害を発症したイヌでは,活動性低下,黄疸,嘔吐,点状出血,斑状出血,消化管出血など,血液凝固障害の徴候が見られることがあります。 過去 10 年間の,キシリトール摂取の症例を報告した文献では,死亡例も見られました。 また2007 年 12 月から 2012 年 2 月までに 3 つのアメリカの大学教育病院に報告されたイヌのキシリトール摂取事故192 例の研究報告があります。 この報告でのキシリトールの推定摂取量の中央値は 0.32 g/kg (範囲 0.03–3.64 g/kg) でした。 臨床症状は 41 匹 (21%) の犬で発生し,主に嘔吐と無気力,その後に下痢,運動失調,発作,落ち着きのなさ,食欲不振が続きました。 30 匹のイヌ(15.6%) が低血糖になり,摂取したキシリトールの推定用量に関しては,低血糖のイヌと正常血糖のイヌの間に有意差はありませんでした。 肝不全と関連しそうな臨床徴候や生化学検査値を示した例はありませんでした。 すべてのイヌが生き残り,退院したという事実が,迅速な治療によって肝不全を回避した場合,予後が良好であることを示唆しています。 支持療法とモニタリングは,キシリトール中毒治療の主力です。 嘔吐の誘発は,初期の無症候性動物でのみ試みるべきです。 活性炭はキシリトールと結合する能力が低いため,活性炭投与による処置は推奨されません。 血糖値と肝機能のモニタリングが重要です。 低血糖が発生した場合は,ブドウ糖を投与する必要があります。 イヌで,肝機能障害の有無に依らず,原因不明の低血糖症状がみられた場合,鑑別診断として常にキシリトール中毒を考慮する必要があります。

(上記レビューより抜粋,翻訳,専門用語は極力割愛しました)

要約すると

  • キシリトールは,ガム以外にも多岐にわたる製品に含まれる他,調理用の粉末として家庭に存在する場合もある。

  • 医療用品やデンタルケア用品にも含まれ,イヌ用の製品にもキシリトールが使用されているものがある。

  • イヌがキシリトールを摂取すると,インスリン分泌が刺激されるため,急激な低血糖状態となり,その兆候(嘔吐,運動失調,虚脱,ショックなど)を発現する。 低血糖を誘発するキシリトールの用量として30 mg/kgという報告がある。

  • キシリトールはイヌに肝障害も誘発し,それに関連した臨床兆候(黄疸,嘔吐,出血傾向など)が認められる。 肝不全を起こす用量として500 mg/kgという報告がある。

  • キシリトール摂取後、早い段階で無症状のうちは,催吐剤投与が有効であるが,活性炭投与は無効である。 血糖値及び肝機能のモニタリングが重要で,低血糖が認められた場合はブドウ糖投与を行う。 肝不全が回避できれば予後は良好。

結論(私の見解)

  • キシリトールは想像以上に多様な製品に含まれており,デンタルケアや甘味以外に,その清涼感を活かした繊維製品などもある他,料理に使われる場合もありますが,実際に事故が起こる頻度は,やはりガムやタブレットが多いようです。 繊維製品にキシリトールが使われているとしても少量で,ワンちゃんが洋服を舐めた程度では中毒にはならないですね。 料理用のキシリトールなどに比べると,ガムやタブレットは管理がゆるく,ワンちゃんが誤食してしまうリスクが高いのかもしれません。

  • 上記のレビューで,30 mg/kgのキシリトールで低血糖を起こした例が挙げられていますが,少量のキシリトールでの影響は軽く,米国動物虐待防止協会ASPCAの動物中毒管理センターAPCCは,低血糖を起こす中毒量として100 mg/kgを目安としています。 キシリトールガム1 粒に含まれるキシリトール含量は0.5〜1.5 gだそうです。 仮にキシリトール含量 1 g/粒のガム 1 粒を,体重 10 kgのワンちゃんが食べたとすると,ちょうど中毒量(1 g ÷ 10 kg = 100 mg/kg)くらいになります。 これが体重3 kgのワンちゃんだと,ガム1粒で中毒量の約3倍量のキシリトール摂取となりますので,確かにリスクは高いと言えそうです。 

  • 生命に関わる危険がある肝不全については,上記レビューおよびASPCAともに500 mg/kgを中毒量の目安としています。 体重10 kgのワンちゃんだと500 mg/kg x 10 kg = 5 gなので,キシリトール含量 1 gのガム5粒です。 5粒は食べないかなと思いつつ,体重3 kgなら1.5粒なので,あり得る気がします。

  • 空腹時にキシリトールを摂取したのでなければ,血糖低下は軽度と思われるし,空腹時に摂取して血糖低下の症状が現れたら,食事や糖分を与えれば速やかに改善するでしょう。 しかし,肝不全を起こすと治療は難しく,生命に関わるリスクは高くなります。 くれぐれもキシリトールガムやタブレット,その他の製品の管理にはご注意ください。

  • 下の図は,ASPCAのAPCCが作成したもので,家庭に隠れているキシリトールの場所・製品を示しています。 特に翻訳はしませんが,ざっくりご覧頂ければよいかと思います。

(APCC webサイトよりDL)

雑記

  • 下の図は,ASPCAによる,全米の各州ごとに最も多かったイヌの中毒事故の原因物質を示したもので,チョコレートや殺鼠剤に並んでシュガーレスガム事故件数が最多の州も少なくありません。

(APCC webサイトよりDL)
  • 私が興味深いと感じたのは,2つの州でイブプロフェン(日本でもお馴染みの鎮痛薬「EVE」シリーズ製品の有効成分です)の事故が最多であったことです。 最初,COVIDでイブプロフェン(当初,COVIDにイブプロフェン の使用は適切でないとの話がありましたが,すぐに訂正されましたね)が家庭に常備される頻度・量が増したため?と思ったのですが,この資料は2017年のデータでCOVID前ですね。 イブプロフェンは非ステロイド消炎鎮痛剤NSAIDs(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs) の一つで,イヌはNSAIDsによる消化管障害に対する感受性が高く,ヒトや他の動物種では問題ない用量でも,消化管粘膜に潰瘍ができます。 このことは広く知られており,おそらくワンちゃんオーナーの皆さんはよくご存知だと思いますが,医薬品の誤食・誤飲がそんなに頻繁に起こっていることに驚きました。 米国の映画やドラマなどで,powder roomには必ずmedicine cabinetがあり,刑事がやってきて,たくさんの薬の中から怪しいものを探すシーンをよく見ます。 国民皆保険の日本に比べると,家庭に置かれている常備薬の種類と量が多く,うっかり放置されることも少なくないのかもしれませんね。 当然,医薬品は有効(あるいは有害)成分そのものの製品のため,少量に見えても用量としては大きくなりますので,くれぐれもご注意ください。

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