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音の波紋。

電子ピアノにうっすら被ったホコリを拭い、蓋を開けると見慣れた鍵盤が顔を出した。

おもむろに楽譜を取り出して弾いた曲はショパンの幻想即興曲。母の大好きな曲で憧れの曲。そして私が高校2年生の時に初めて弾いた曲だ。久々に弾いたから指は転ぶし曲が進むにつれて左手がビリビリと痺れてくる。

幼稚園の頃から高校卒業まで続けた習い事、ピアノ。貯めたバイト代でセールで10万円だった電子ピアノを一人暮らしの家用に買うぐらいには好きで。週一ぐらいの頻度では弾いていた。

ただ、弾くのはJPOPとかディズニーの曲を自己流に耳コピして伴奏をつけたものばっかりだった。クラシックも大好きだし特にドビュッシーとかショパンはもう愛してやまないレベルなんだけど弾き始めて5章節くらいでやめてしまうのが常だった。理由は1つ、自分の下手糞さに耐えられないからに他ならない。

習い事として習っていたときはピアノを弾かない日はなかった。

1日弾かないと3日前に戻る

誰に言われたのかは忘れてしまったけど、弾く曲のレベルが上がるにつれてこの言葉が本当だということ、そして3日という数字がどんどん大きくなるのを感じた。

電子ピアノを買ったのは大学に入って2年目の春のことだから何日手が戻ったの??って話になる。弾けてたものが弾けないとイライラする→また弾かないっていう無限ループになる。

ただ、最近どうしてもやっぱりクラシックが弾きたくなった。蓋の上のホコリを拭ったのは私なりのけじめ。楽譜を開き、深呼吸をする。

ドビュッシー 「アラベスク」


ドビュッシーはね、水彩絵の具が水に広がるイメージで弾くのよ

大好きで尊敬するピアノの先生は私にそう言った。母には"みのりはタッチが強いハードパンチャーだからベートーベンが合うよ"と言われていた私。その当時の私にとってドビュッシーは新しい挑戦だった。

音の波紋が広がり重なり合う。音の群れは波のように打ち寄せたり引いて重なって…。

音の流れに身を任せる。音と一緒に蘇る思い出。

みのりちゃんがもう少し大人になったら完成するわ

譜読みがしっかりできているのに、そう言った先生の言葉が今なら理解できる気がする。

ピアノの演奏は、その人の心であり経験だ。中高生の時には経験しなかったことをたくさん経験した、私はたくさんの人に出会った。その一つ一つが音になり、波紋として広がっていく。

音楽って不思議だ。組み合わさってるのは一定の音階にすぎないのに無限の広がりがある。

唐草模様を意味するアラベスク。楽譜に描かれた1音1音が多様な色で模様を織り成していく。

繰り返される印象的な主題はフィナーレで最も色鮮やかに輝く。フィナーレ、そして静寂。

音の波紋の余韻。その余韻がなくなって初めて私は深呼吸をする。

久々に、新しい譜読みをしようか。私はスマートフォンを開いて新たな音の波紋を探し始めた。


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