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My Bloody Valentine アイルランドの産んだ轟音のオスカー・ワイルド



左から時計回りに、メインギター・ボーカルであり創始者のKevin Shields、サイドギター・ボーカルのBilinda Butcher、ベースのDebbie Googe、そしてドラムのColm Ó Cíosóig

先日、SNSで「My Bloody 派遣社員」というラジオネームがプチバズりしていた。
その名前を見て、私はふとこのバンドが懐かしくなった。
それがこのMy Bloody Valentineである。
My Bloody Valentineとの出会いは、私の好きな漫画家が最近また懐かしくなってまた聴いている、とLovelessの画像をブログに当時載せていたからである。
私は性格的に、好きなアーティストやクリエイターの好きなものをそのクリエイターたちに影響を与えた音楽を聴いてみたり、映画を見たりする性格である。
当時、『Loveless』という衝撃的なタイトルと彼らを有名にした『Soon』を初めて聴いた時はびっくりして腰を抜かしかけた。
なんだこれは!今までこんな音楽は聴いたことがないぞ!それが本当にMy Bloody Valentineに対するファーストコンタクトの印象だった。
ゆらゆらと幻想的に揺れるようなメロディ、あやふやで夢の中にいるようなMVと歌詞、繰り返されるリズム…それら全てに10代半ばの私は魅了されてしまった。
それからMy Bloody Valentineについて片っ端から調べ尽し、YouTubeで毎日のように『Loveless』を聴いたのを覚えている。
ダンスミュージックでもなく、かといってポッポスでもない、彼らのジャンルがShoegazerと呼ばれるジャンルであると知って更に驚いた。

元々、Shoegazerの始祖については諸説あるのだが、最も有名なのがThe Jesus and Mary Chainの『Psychocandy』であろう。
このアルバムはSofia Coppolaの映画『Lost in Translation』で『Just like Honey』が使われているので知った人も多いだろう。
(この映画はKevinも参加しており、『City girls』という曲を作っているがこれも名曲である)
『Loveless』は名盤であるが、まず『Soon』のシンセサイザーに聞える音は全て実はギターの多重録音だという事だ。
Kevinが言うには、「1960年代のヴィンテージギターの音を録音して多重録音し、サンプリングした」との事だが、どう聴いてもシンセサイザーにしか聞こえないのがKevinの一種意地悪な一面である。
Kevinといえばノイズと切り離せないが、Kevinのノイズ好きは幼少期まで遡り、掃除機のノイズの音を録音して遊んでいたくらいである。
実はMy Bloody Valentineの完成形の鱗片は既に前作の1988年発売の『Isn't Anything』収録の『Feed Me with Your Kiss』と同年発売のEP『you made me realise』である。
この曲はあの有名な狂気を孕んだ瞳の女性が草むらに横たわり、ナイフを手にしているというインパクトのあるアートワークと、KevinとBilindaの甘い声で「自殺した方がいいんじゃない?」という衝撃的な歌詞が甘い砂糖菓子で包まれて歌いあげられる。
『Isn't Anything』はいわば、全体的にMy Bloody Valentineが完成するまで模索しているアルバムである。
特に『(When You Wake) You're Still in a Dream』と『I Can See It (But I Can't Feel It)』はポップに近い。

My Bloody Valentineのはじまりは、KevinとColmが12歳の夏に空手大会を通じて親友になり、二人で音楽活動をしていたところ、初期のボーかリストのDavid Conwayと彼のガールフレンドでキーボードのTina Durkinで結成され、初期のMy Bloody Valentineの曲はYouTubeで聴いた事があるが、確かにKevinが言うように、「彼(David Conway)はbirthday partyやThe Crampsなんかのゴシック・ロックをやろうとしたんだ」とうんざりした表情で言っていた。
確かに、この二つのバンドは同じゴシックとはいえ、The Cureから影響を受けているKevinには合わない。
The Cureは私も大好きだが、優雅で幻想的なサウンドがまさにMy Bloody Valentineを思わせる。
Kevinの当時の気持ちはどうであれ、『GEEK!』収録の『Moonlight』やコアなファンなら知っている『Sunny Sunday smile』など名曲を皮肉にも残している。
その後、David Conwayは胃の病気や音楽への熱意の喪失、作家になりたいという夢のためにバンドを脱退しまうが、実際にDavid Conwayは作家として成功している。
その後もMy Bloody Valentineのメンバーはツアー中にキーボードのTina Durkinがキーボードの自信のなさを理由に脱退してしまうのだが、思うに完璧主義のKevinの事なので、David Conwayとバンドの方針を巡り意見の食い違いがあったのではないかと思う。

そして残されたKevinとColmのLennon-McCartneyチームはKevinが知人であったDebbie Googeに連絡をとり、バッキングボーカルを必要としていたKevinがスタジオでバッキングボーカルを複数の女性とつとめたBilinda Butcherをバンドに誘い、My Bloody Valentineは完成した。
Bilindaはギターの腕前もすさまじいが、同時に変わり者でもある。
というのは、彼女の生まれ育った街は宗教色の色濃く、厳しい街でBilindaはそんな窮屈な街で1920年代のファッションを好み、蓄音機でレコードを聴くような女性だった。
Bilindaといえば美しいと彼女の容姿に眼がいきがちであるが、彼女の奏でるノイズ轟音の腕前は彼女がいなけばMy Bloody Valentineが成りたたない程で、日本でも有名なSlowdiveのRachel Goswellにも引けをとらない。
余談ではあるが、Slowdiveもアイルランド出身である。
Debbie Googeのベーシストとしての腕前も、SonicyouthのKim Gordonをしのぐほどだ。
『you made me realise』のmvを見たのだが、Debbieはベースをまるでギターのように弾く。
これらから分かるように、Kevinは実力主義者であるのは明白だ。
 
メンバーチェンジをしてからのMy Bloody Valentineの初期の名盤である『Ecstasy&Wine』はThe Cure暗黒三部作のようなゴシック色の強いサウンドである。
特にそれが分かるのが、『Strawberry Wine』と『You've Got Nothing』だ。
なんだかんだ言っても、Kevinも自分なりのゴシックサウンドを追求したかったのだろう。
『Ecstasy&Wine』は個人的に『Loveless』の次に名盤といってもいいアルバムだと思うし、なぜかこのアルバムに関してはポーランドのレコード会社がバンドの許可を得ずにCDにして出してしまったという逸話を持つ。

しかし3作目の『Loveless』はBilindaは元夫のDVの治療のために催眠治療を受けなければならず、Debbieは婚約者と破局してショックで立ち直れず、Colmですら体調不良で寝込んでいるという最悪な中で制作された。
そのため、このアルバムはKevinのソロアルバムと呼ぶべきである。
Kevinの完璧主義は有名であるが、『Loveless』にはその制作に2年間もかかり、所属していたcreation recordはKevinの追い求める完璧のために27万ポンド(現在価格で4600万円)も費やしたため、倒産に追い込まれてしまったという曰く付きだ。
Kevinがいうにはcreation recordが悪いそうだが…。
そうした最悪な環境の中で何十何百テイクを重ねた末に1991年11月4日についに発売された。
『Loveless』にはそのサウンドだけではなく、ジャケットにも特徴もあり、Album artworkがthe jesus and mary chainのYou Trip Me Upのオマージュであろう。

My Bloody Valentineは未収録の楽曲も多く、例えばファンは眉唾ものの『Ep's 1988-1991』収録の隠れた名曲の『sugar』は元々はフランスの雑誌に特典としてついていたソノシートで、『Loveless』の前身のようであり、本当に砂糖がキラキラと光りながら舞う光景が浮かぶ。
『Honey power』は渦巻く轟音が『Loveless』に収録されていてもおかしくない。
このAlbumには他にも『swallow』は彼らのルーツであるアイルランドの伝統を大切にしている事を思わせる。
Kevinはアメリカ産まれのアイルランド人で、12歳の頃アメリカから母国のアイルランドに戻ったところ、アメリカン・アクセントの英語をからかわれ、悲しくなったという話しをしていた。

思えば、My Bloody Valentineの楽曲の歌詞も憂いを孕んだニュアンスの歌詞の楽曲も多い。
Kevinはその経験してきた多くの悲しみを例えばslowdiveとも違う、ノイズで表現しているのではないかと思うのだ。
それゆえ、彼らの楽曲は美しくも悲しい、という表現がよく似合う。
My Bloody Valentineとは、アイルランドを誇りに思い、その抱く悲しみを幻想的な楽曲で包囲し、まさに現代のオスカー・ワイルドなのだ。
ところで、My Bloody Valentineも影響を受けたバンドの中にThe Smithsがおり、The Smithsには不思議な縁を感じざるえない…。






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