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朝・足・明日

本記事では、「あさ(朝)」、「あし(足)」、「あした(明日)」という語の関連性と由来をできるだけ体系的に解き明かしたい。なぜ、「朝」、「明日」という時間を表す語の真ん中に「足」があるのかと、違和感を持たれるかもしれない。しかし、この「足」が重要な役割を果たしている。

これらの語の起源は1万年以上前の縄文時代草創期ごろの日本列島に遡ることを想定している。当然そのころは文字が存在しないので、声(= 発声)でのコミュニケーションが言語のすべてであった。

前提となる asa/aso について

別記事『火山と灰に由来する地名』で述べているように、もともと火山は、 asa または asoと呼ばれていたと想定している。縄文人にとって、湧き水や温泉が多い火山周辺はもっとも生活しやすい環境であったはず。世界的に言えることだが、信仰の原始的な形態は自然崇拝であり、特に縄文時代においては火山信仰(= 火山を聖なる山とみなす)が大きな位置を占めたと想像する。そのことから次第に、火山性の岩石や火山噴出物の土壌をもつ山や、形状的に火山と似ている山も asa/aso と呼ばれるようになったと考える。本記事では、asa に 「(火山に関連する)山、山脈」という意味が紐付いているという前提で記述する。

asa(朝)の概念

asa(朝)という語は、生まれたというよりも関連付けられた語である。
人類誕生以後、まだ体系的な言語と呼べるものがない時期であっても、人類が生活する上で「朝」に該当する時間帯の意識は当然あったと思われる。では、何と関連付けるかと言うと、普通は「日の出」と関連付けるだろう。これには地域差があり、場所によって、「水平線から登る日の出」や「地平線から登る日の出」や「山脈から登る日の出」などのパターンが存在する。

日本語のasa(朝)は、上記パターンのうち、「山脈から登る日の出」に該当する。すなわち、山・山脈を意味するasa/asoと太陽が重なる現象をasa(朝)という時間の概念に結びつけたのである。

ところで、時間帯を示す asa という語は、古代人にとっては正式名ではなかったかもしれない。古典でも asa は、asagasumi(朝霞)やasakage(朝影)のように複合語で使われる読み方が多く、単独では ashita(朝) が使われたようである。よって、現代語の(時間帯を示す)「朝」は、古代の正式な呼び名は ashita であり、 口語的な略称や複合語を作る時に asa という発音が使用されたのだろう。

asa は 「山、山脈」の意味であることを前述した。単に asa と言うだけでは、物体としての「山」を指すのか、時間帯としての「山脈から登る日の出」を指すのか紛らわしい。よって、時間帯としての asa(朝) の概念は ashita(朝)という語が確立した後の用法であると想定する。

以降の章で、 ashita の概念はどうやってできたのか? について、順を追って説明する。

ashi(足)の概念

本記事の重要なポイントである ashi(足) について述べる。ashi の概念は下図で示すような step1step4 の4段階の意味の拡張を想定している。

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上記step1~step4を通して重要なのが、「太陽を擬人化」していることである。言いかえれば、太陽光線を「太陽の足」に見立てて、人や動物と同じように太陽が ashi を使って移動していると当時の人々は考えたのだ。

step1 
別の音節 sir しる(= 汁の語源、漏れる・滴るの意)と合流したと考える。
  asa/aso (= 山・山脈) にかかる sir(= 下方向に漏れ出したもの)
    → asirashi (= 日の出の時に山にかかる太陽光線)
と変化したと想定する。

この意味でのashi には 「山汁」という漢字を当てて、ashi(山汁)とすると、発音と意味をイメージしやすくなる。

step2 
 step1の拡張で、本体から伸びている線状のものも ashi と呼ぶようになった。「太陽を擬人化」するに当たって、なぜ te(手) ではなく ashi と呼んだかと言うと、それが「移動するためのもの」と見ているからである。
よって、ashi移動手段 の意味も合わせ持つようになった。

このashi (= 移動手段)という意味が、現代の「あし(足/脚)」の由来であると考える。当時の人々は、太陽も動物も人間も「動く/移動するもの」という点で同じという発想に立っていたと想定する。そう考えれば、人や動物の身体のパーツである足/脚の部位を太陽の ashi と同じ呼び方とするのは合理的である。

step3 / step4 
step2の拡張によって、
・「太陽が移動すること」も ashi と呼ぶようになった。
・太陽の(周期的な)出現から消失までの時間に対して名前を付けた。
  (= 運動/移動という現象を時間の概念に変換した)

ashi の補足(1) あしひき
上記step1 と step2 を総合すると、枕詞「あしひきの山」の意味が解釈できるようになる。

「あしひきの山」
= 「ashi (山汁)を引く山」 (= 朝日を浴びている山)

火山信仰という背景を考慮すると、「朝日を浴びている山」は転じて「聖なる山」のような意味も合わせ持つだろうと想定する。 

ashi の補足(2) ひあし
上記step2~step4は古語の「ひあし/ひのあし」(日足/日脚)に対応する
  step2 → 例)日足が指す(= 隙間から光線が指す意) 
  step3/step4 → 例)日足が長い/短い、日足が速い、日足が延びる 

ashita(朝/明日)の誕生

前述の章でashi(山汁/足)の概念ができた。以下の ashi 関連語 派生の図で ashita までの変化と派生を示した。

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方向を示す te(手) を語尾に付加する用法は現代にも存在する。 
  例)かみて(上手)、しもて(下手)、やまのて(山の手)など

ashite → ashita  語尾母音変化 e → a について
語尾母音が a以外から a に変化して場所を示す用法は、日本語でよくある変化である。例)はる(張る/春/原) → はら(原/腹)  
この変化と感覚的に近いのが、hinata(日向)という語である。この語は、陽が当たる方向 hinate → 陽が当たる場所 hinata に変化したと思われる。

上記過程で、ashita asatte という語ができた。当初はいずれも「翌朝」という意味を持ったと想定している。おそらく、経年変化として
  ashita → 翌朝を意味する
  asatte → 翌朝の翌朝を意味する
のように使い分けされるようになったと思われる。
(本記事では、この使い分けについて深入りしない) 

現代語に残る ashi の痕跡

近代~現代に残る 古い ashi の用法の痕跡の例を以下に提示する。
おあし(御足) → お金・ぜに(銭)のこと。行ったり来たりすることに由来
    → 行ったり来たりする「足」の本来の由来は ashi(=太陽の運動) 
あし(足)がない → 「移動手段がない」という意味で使われる
    → ashi (= 太陽の移動手段) という意味をそのまま継承している。
あさがた(朝方) → 朝の前後の時間帯 
   → 時間帯を表すのに方向・方角を示す かた(方) が着くのは不自然
   → もとの意味 asa(山)/ashi(山汁)の方向・方角と解釈すると自然

全体まとめ

・火山を意味する asa/aso にかかる太陽光線を ashi (山汁)と 呼んだ。
ashi は 太陽を擬人化することで生まれた概念である。
ashi (= 移動手段) という意味が現代語の「足」の由来である。
ashi の概念が拡張されて、太陽の運動およびその時間も意味した。
ashi が太陽光線を意味すれば、枕詞「あしひきの山」が解釈できる。
ashi の方向を意味する ashitaasatte という語で「翌朝」を表した。

以上

20210925 初稿 initial rev.

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