『滝を見にいく』制作日誌
こんにちは。
ランプの橋立です。
明日8月14日(日)と16日(火)に沖田修一監督特集上映で『滝を見にいく』がスクリーンで上映されると聞き、撮影当時の制作日誌を見返していました。
映画には描かれない舞台裏の感想メモでしたが、いろんなハプニングを乗り越えていたんだなあと懐かしく思いました。
制作日誌に少しだけ手を加え、備忘録として記します。
沖田監督の作品が好きな方に読んでもらえるとうれしいです。
この映画がランプの制作第1号でよかったなぁと思います。
※この日誌には1つだけ嘘が書いてあります。
その日、私は新潟県妙高市にある道の駅にいた。
目的は、東京からやってくる撮影隊を出迎えるためである。
映画『滝を見にいく』は沖田修一監督のオリジナル映画で、主人公は7人のおばちゃんたち。
ワークショップオーディションで選ばれた7人は経歴もバラバラで、演技経験がまったくない人もいた。
初日
早朝、新宿スバルビルを出発した一行は、昼過ぎに妙高市に入る。
到着直後、一息つく間も無くファーストシーンの撮影。
助監督の丸谷さんがキビキビと指示を出し、バス車内走行シーンの撮影準備を行った。
丸谷さんがこんなに急いでいるには理由があった。
台風が近づいていたのだ。
それも数十年に一度のダブル台風が。
『滝を見にいく』は低予算映画である。
潤沢な予算のある大作映画と違い、ギリギリでやっているため予備日程を組む余裕がない。
「初日やけど後が無いんや。雨が来る前に始めるで!」
丸谷さんのゲキが飛ぶ。
撮影隊に残された時間は、あと9日間だった。
2日目
朝から雨。
この日から、山での撮影に入る。
冒頭に登場する山道を歩いてくるおばちゃんたちのワンシーンワンカット。
パラパラと少量であるが降り続く雨の中、リハーサルが行われる。
ダブル台風の影響で午後はさらに雨脚が強くなるらしい。
結局ワンカットも撮ることができず、14時に下山し、宿舎へ戻る。
宿舎の食堂にあるテレビの前で、天気予報にかじりつく。
ケーブルテレビしか見られない山小屋ではずっと天気予報を放送してくれるので、必要な情報は得られた。
予報進路図には、2つの渦が新潟の上空に停滞している。
明日、ダブル台風は妙高を直撃するらしい。
丸谷さんが俯いたままで画面を睨み続け、「大丈夫や、今は一生懸命心配しようや」と私を励ました。
不安を抱えながら眠る。
あと8日しかない。
3日目
大雨。
ダブル台風直撃。
朝食の食堂で丸谷さんが今日の撮影中止を発表。
7人のおばちゃんたちは各自の部屋に戻り、スタッフは黙々と機材の手入れを行う。
すでに丸二日ロスしている撮影隊。
「本当に撮りきれるのか?」と胸に抱えた思いを誰も口にしなかった。
17時の気象庁、明日は朝から晴れ予報。
やるしかない撮影隊に残された時間はあと1週間。
4日目
秋晴れの青い空。
これまでの雨が嘘のように晴れた。
山道を歩いてくるおばちゃんたちのワンシーンワンカット。
すでに丸2日を雨でロスしているが、丸谷さんが、このシーンから撮影することをこだわった理由はただ1つ。
このおばちゃんたちの遭難ロードムービーを順撮りするためである。
脚本の冒頭から順を追って撮影することで、遭難していくおばちゃんたちの心と身体の変化が自然と出てくると考えた。
その効果は映画をご覧いただければ一目瞭然。
しかし、その代償は大きかった。
10日間の行程のうち、撮影はまだ2合目に差し掛かったばかり。
間に合うのか!?
5日目
丸谷さんが「今日以降は毎日1日で2日分を撮らんとあかん。おばちゃんたちの体力もあるから、ミスできへんで!」と制作陣に発破をかけた。
スタッフ一丸となり、機敏に準備を行い撮影をスタートさせる。
驚いたのは出演者のおばちゃんたちが、プロのスタッフの動きに合わせ、素晴らしい芝居を続けたこと。
素人の方もいることなど微塵も感じさせず、予定の倍のスケジュールをこなしていく。
あとで聞いたことだが、おばちゃんたちは宿の部屋で、寝る前までみんなで自主練をしていたらしい。
団結力が深まった折り返し地点。
明日からの山はより険しくなる。
6日目
この日の撮影は早朝の撮影狙い。
夜間との寒暖差で辺り一面霧に囲まれた湿地帯。
日が高くなると水蒸気が減ってしまうで、1発勝負での撮影。
午前2時半から支度をしたおばちゃんたちの顔は真剣そのもの。
約20年間撮影の仕事を続けているが、なかなかお目にかかれない撮影ができた。
まだ予定の半分も終わっていないけど、この映画が只者ではないものになる予感がする。
ずっと眉間にしわを寄せていた丸谷さんがすこし笑った。
7日目
初日から1週間が経ち、おばちゃんたちに疲労の色が見える。
師匠(徳納さん)は80歳を超えている。
しかし、一刻の猶予も残されていない撮影隊は予定以上のシーンを撮り進めていかねばならない。
そんな中トラブル発生。
朝、撮影隊の食事を用意してくれていた山小屋の管理人・妙子さんの姿が食堂にない。
炊飯器にも火がついておらず、朝食の用意ができていなかった。
朝から山に入る撮影隊にとって朝食のエネルギー補給は非常に大切。
出発まであと30分のところで、制作スタッフが手分けして山の麓のコンビニでおにぎりを買い求め、事なきを得た。
慣れない撮影隊の受け入れに疲れが出てしまい、妙子さんには申し訳ないことをした。
急遽インターンの若手組を食事係に任命し、妙子さんにはすこし休んでもらうことにした。
残り、あと3日。
しかしトラブルはつづく…。
8日目
翌日に滝のクライマックスシーンを控え、この日は野宿シーンを撮影。
唯一のナイターシーンのために午後から準備が行われた。
そんな時、制作部のモンモンから、明日の現場でみんなが転ばないよう手すりロープをつけてはどうかと提案があった。
確かに険しい山の急な坂道。疲労困憊のおばちゃんたちやスタッフが転んだら身も蓋もない。
設置をお願いし、暗くなると危ないから16時には戻るように伝える。
あたりがだんだんと暗くなり、山の中は真っ暗に。
キャンプファイヤーの火と撮影用の照明が灯される。
火を囲み、親密さを増すおばちゃんたち。
映画さながらに和やかな雰囲気が流れる。
しかし、モンモンが帰ってこない。
携帯に電話しても圏外なので繋がらない。
作業はとっくに終わっているはず。
まさか、遭難したのか?
深田プロデューサーがモンモン捜索に向かってくれた。
撮影が終わるころ、モンモン発見の連絡あり。
滝へ道中で車がスタックし、どうすることも出来なくなったようだ。
泥だらけのモンモンが深田さんの車に乗って戻ってくる。
本当によかった。
9日目
いよいよクライマックス、幻の大滝のシーン。
車で30分走り、駐車場から山道に入る。
昨日モンモンが張ってくれた手すりロープにつかまりながら歩くこと30分。
ジュンジュンが「みんなで見たかった」滝が突如現れる
初日から何度もこれまで経験したことのない事態に飲み込まれながらも、なんとかここにたどり着くことができた。
おばちゃんたち、スタッフの誰もが感無量という顔をしていた。
いよいよ明日で最終日。
なんだか急にさびしくなってきた。
10日目
エンディングの撮影。
救出されたおばちゃんたちはトラクターにのって日常に帰っていく。
ラストカット(ちょうどエンドロールで使用されているカット)で、カメラはトラクターで運ばれていくおばちゃんたちの後ろ姿を見送る。
これでおばちゃんたちとの遭難の旅は終わり、もうしばらく会うことはないのだろうと思わせる。
昨日のさびしさの理由がなんとなくわかった気がした。
エピローグ
体調を崩していた妙子さんもすっかり回復し、最後の朝食も作ってくれた。
おばちゃんたちはマイクロバスで東京に帰っていった。
途中のサービスエリアで家族や友達にお土産を買うのを楽しみにしているそうだ。
長文お読みいただきありがとうございました。
文中、助監督の丸谷さんは勝気な関西弁を喋っていますが、本当は穏やかな標準語で話される素敵な方です。
ぜひ『さかなのこ』公開記念!『沖田修一監督特集上映』もお楽しみください。
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