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聞き上手は流し台

 わたしは相槌を打つのが得意だ。
 
「うんうん」
「それで?」
「へぇ、そんなことが」
「なるほどねえ」
「そうだったんだ」
 
 おそらくこの5つの言葉を使い分けるだけで、相手は延々と話し続けることだろう。誰に習ったでもないのに、わたしのこのスキルはかなり高く、周囲からは「聞き上手」として定評を得ている。
 
 「前の旦那さんがアスペㇽガーだったから、自分は話さなくなったんじゃないの?」
そう指摘した友だちがいて、ハッとしたことがある。
  
 自分の話を夢中になって喋り続ける人がアスペには多い。会話はキャッチボールだから、じゃあ次は私が……と話始めるも、つまらなそうな(そう見える)表情になり、私の話へのコメントもなく、また自分の話を弾丸のように始める人が多い。
 
 今思えば、アスペルガーの人の特性なのだとわかるのだが、当時はそれがわからなかった。
 「私の話は取るに足らない」「私の話は面白くないから聞いてもらえない」と勝手に思い込み、次第に自分の話はしなくなっていった。そして、相手の話を聞いてさえいれば、その人は居心地がよさそうだし、わたしの存在価値は聞き役にこそあるのだと、いつからか思い込んでいたようだった。
 
 そんなことを長年続けていると、「自分の話には価値がないから、人の話をとにかく聞く」という姿勢がガッチリと固定され、相手も「この人は話を聞いてくれる人だ」とわかれば、水を得た魚のごとく、自分の話をし始める。
 
 人は誰もが自分の話を聞いてもらいたい。
 
 バケツいっぱいにたまった水をシンクに流すかのように、勢いよく話を流し続ける。吐き続ける。わたしはかっこうのシンクだ。
 
 ウンザリしてしまう時もあるけれど、このスキルのおかげで仕事に繋がることが多々ある。話を聞くことは楽なので、特に困っているわけでもないが、最近、気づいたことがある。
 
 稀に、私の話を聞いてくれるという、数奇な方に出会うのだ。十人いれば一人か二人位の割合で、とても少ないけれど、そのような人が確実に存在する。
 
「うんうん」
「それで?」
「へぇ、そんなことが」
「なるほどねえ」
「そうだったんだ」
 
 彼らは私と同じような相槌を使って、私の話をしっかりと聞いてくれる。彼らは共通して、落ち着きを放ち、時間の流れ方が他の人たちよりゆったりとしていて、「話していいよ」オーラを漂わせている。
「それならお言葉に甘えて」と、この時ばかりは、つい、私も自分の話をしてしまう。どうでもいい内容だけど、「聞いてもらえるんだ」とわかったら、つい話してしまう。
  
 だが、そんな時に、いつも悲しくなってしまうのだ。なぜだかわからない。聞いてもらえるのだからうれしいのに、それがわかった途端に悲しくなってしまうのだ。
 「自分は話さず、この人の話を聞く側にまわろう。自分も本当は話したいけどね」という、自分がいつも使っているルールが伝わってくるからだろうか。気の毒で、やるせない気持ちになってしまう。
 
 ある日、恋人の車の助手席に座り、何気ない会話をしていた時のこと。私は自分の仕事に対する考え方を彼にプチ演説ぶちかましていた。すると彼は「うんうん」「そうだね」と聞き役に徹して話を聞いてくれたのである。
  
 嬉しかったと同時に、また気の毒になってしまった。自分のエゴを満たすために、彼を聞き役に回してしまったからだ。素直に「話を聞いてくれてありがとう」と思えたらいいのにとは思うものの、一瞬、会話の前を悲しみがさっとよぎる。ほんの一瞬のことなのだけど。
 
 先週、三時間ぶっ通しで、ある方の話を聞き続けた。初対面だった。旦那さんのこと、子どものこと、姉夫婦、両親のことから趣味、旅行の思い出にわたり、ありとあらゆる話を怒涛のごとく聞いた。まさに「恰好の流し」だったのだろう。そして、わたしの流しは、大小のさまざまなゴミで詰まり、パイプスルーしなきゃいけないくらいに、消耗しきってしまった。さすがに疲れた。初対面の人にこれだけ身の上話をぶちまけられるって、どういう神経なのだろうと驚異でもあった(七十代のご婦人でした)。
  
 「私っていつも話の聞き役なの。今日はかなり疲れたわ」と彼にメッセージを送ると、「いつも僕が聞いてばかりだけど」という返事が来た。
 
 彼には気を許して、甘えているということなのか。彼を流し台にしているのだろうか。
 これは意外な発見であったと共に、うれしい事実でもあった。自分の話は彼にしてもよい、自分には価値があると思っているはずだから。
 少しづつ、聞き役の呪縛から解き放たれているのかもしれない。もっと素直にのびのびと自分の話ができるようになりたいと同時に、彼が気持ちよく話を流せる最高の流し台に自分はなりたいと思った。
 今日は日曜だし、ほんとうの流しを少しだけ磨こうかしら。

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