【エッセイ】600冊

 15歳の春から、読書記録をつけはじめた。記録とはいっても、本1冊につき大学ノートの罫線を1行使って、本のタイトル・著者名・日付を書くだけのシンプルなものだ。一言感想を添えていた時期もあったが、面倒だったので途中から書かなくなってしまった。
 15歳の私が何を思って記録をつけ始めたのかは忘れてしまったが、その時浮かれていた(というかアホだった)ことだけは確かなようである。大学ノートは1ページにつき35行、それが60ページあるので、2100冊分の記録ができる。にもかかわらず、ノートの表紙には「本! No.1」とでかでかと書かれている。しかもマッキーで。馬鹿である。2冊目に突入する気まんまんで「No.1」と書いたのだろうが、9年経ってページはやっと20ページ程度。ノート1冊ぶんの記録をするのに、少なく見積もってあと20年はかかる。当時の私は何を考えていたんだろう。何も考えていなかったんだと思う。
 
 今わたしは24歳なので、9年弱記録を続けていることになる。飽き性の私がこれだけは続けられているのも、ひとえに記録方法のシンプルさによるものだろう。これ以上の情報を丁寧に書き留めるとなると、私は絶対にやらなくなる、と15歳の私は直感していたのかもしれない。そう考えてみると、当時の私は、馬鹿だったなりに私自身のことをよくわかっていると思う。実際、記録は時々途絶えた。たったこれだけの情報を書き留めるのが面倒くさくて、ずるずる後回しにして、結果何を読んだか忘れた本も何冊かある。

 そんなこんなでゆるゆると続けてきた9年弱。ようやく600冊目に到達した。気に入った本の2周目3周目も1冊とカウントしているので、厳密にはこれよりちょっと少ないが、600冊は600冊だ。ということにしておく。
 9年かかって600冊。平均すると1年で60~70冊程度。この数字は正直そう多いとは思わない。世の読書家たちからは「それだけ?」と鼻で笑われるかもしれない。
 15歳から今まで、テスト期間や大学受験で勉強に忙殺されていた時期もあれば、心身の調子が悪くてろくに読めない時期もあった。調子よく本が読める時期の方が少ないと思う。それでも、少しずつ、少しずつ読んできた。それでようやく600冊にたどり着いた。
 
 600冊という数字は、私にとって少し特別な意味をもつ。
 学生時代、私は石田衣良さんのラジオをよく聞いていた。『池袋ウエストゲートパーク』などを著した人気作家・石田衣良先生は、ラジオの中で小説を書く人に向けて色々なアドバイスをしていた。小説家を志していた私は、貪るように偉大な先人の言葉を聞いていた。その多くはすでに忘れてしまっているが、唯一忘れていないアドバイスがある。「ひとつの作品を作るためには、そのジャンルひとつにつき600冊は読みなさい」というものだ。
 1ジャンル600冊なので、例えばSF×ミステリの小説を書くなら、SFとミステリを各600冊ずつ、合計1200冊を読まなければならない。聞いた当時は「そんなん無理!」と思ったし、正直今でも思っている。

 色んなジャンルをごちゃまぜに読んで、9年かかって、やっと600冊。石田衣良先生の提唱する模範生には程遠いが、なんとなく、ひとつ山を越えたような感慨がある。

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