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ワインエキスパート合格記

2020年、日本ソムリエ協会(JSA)の認定試験に合格し、ワインエキスパートになった。折角なので、今後受験される方に少しでも参考になるように、私がどのような教材でどのように勉強したかを記録しておく。ただ、勉強の仕方に関しては人によって最適なものが異なるので、あくまで参考の一つとして受け取って欲しい。また、大変申し訳ないが、スクールなどは住んでいる地域に依存するので、二次試験対策に関しては東京かその近郊在住でない方にはほとんど参考にならないと思う。

1. 合格までのタイムライン

まず、ざっくり受験を決めてから合格するまでを時系列に沿って振り返ってみる。今見返しても強く思うが、これから受験する皆さんには、できるだけ計画的に勉強を進めて欲しい。

2月上旬 - 神の雫を読んでワインに目覚め、受験を決意
ふと気が向いて漫画「神の雫」を読んでみたら衝撃的に面白く、それでワインを少しずつ飲むようになり、勉強がてらワインエキスパートを受験してみようと思った。実は、この時まで私はほとんどワインを飲んだことがなかった。「シャルドネがどんな味か?うーん、サッパリしてるんじゃない?」「五大シャトー?一つも知らない」とかそんなレベルだった。

7月上旬 - 試験申し込み締め切りが近づいて焦り、ようやく勉強を開始
受験しようとは思ったものの、仕事が忙しくて全くアクションをとっていなかった。受験申し込みが7/15だったことは覚えていたので、7月になると流石に焦って申し込んで、一次試験の勉強を始めた。

8月上旬 - 自宅でのテイスティング練習を開始
一次試験の勉強が軌道に乗ってきて受かりそうな気がしてきたので、アカデミー・デュ・ヴァン(ADV)が出している二次試験対策ハーフボトルセットを購入して自宅でのテイスティング練習を始めた。

8月下旬 - 一次試験合格!ワインスクールでの単発授業を受講開始
なんとか一次を突破したが、流石に二次試験は独学だけでは厳しいと思い、ワインスクールに通い始めた。ADVとレコール・デュ・ヴァンの講座をそれぞれ単発でいくつか取り、個人が経営する塾(魔境塾)やレストランおよびバーが主宰するテイスティングセミナーにも行ったりした。

10月上旬 - 二次試験合格!
試験本番まで全問正解したことはなかったが、なぜか当日はフィーバーして品種・産地・その他のお酒を全問正解した。(ヴィンテージは一つだけ間違えた)自分にとって得意なタイプのワインが運良く出たのだと思う。

振り返ってみると、計画性の無さが甚だしい。これから受験する人は絶対に真似してはいけない。受験を決めたら即申し込んで、受験会場選択が解禁されたら即希望日程を押さえておいた方がいい。勉強ももっと早く始めよう。仕事をしながらでもなんとかなったが、それは、私は一般の人よりかなり試験慣れしている自信があったからだ。仕事しながらであれば、一次試験の勉強には3ヶ月〜半年ほどかけることをオススメする。不安な人はお金を積んでスクールに行くのもアリだと思う。下記の記事にもあるが、スクールには独自の情報網があり、なぜかその年試験に出る可能性が高い項目をズバリ予想できたりするらしい。

2. 一次試験対策 (1) - 教材

主に下記の教材を使って勉強を進めた。

・「受験のプロに教わるソムリエ試験対策講座(著:杉山明日香)」
・「ワイン受験.com」
・「とみわいん.com」
・「教本」(受験申し込みすると届く分厚いやつ)

受験のプロに教わるソムリエ試験対策講座
JSAから届く公式の教本は、最初に読む本としてはちょっと辛いことが多い。なので、まずはこの簡潔に要点がまとめられた杉山先生の参考書を通読するところから始めるのをオススメする。個人的な所感だが、この本の内容を9割5分正しく覚えることができれば一次試験にはギリギリ合格できる(はず)。別売の杉山先生著の問題集も一周だけ解いた。

ワイン受験.com
ただ本を読むだけでは覚えられないので、このサイトのコンテンツを使ってひたすら問題を解いた。年会費数千円を払うだけで全てのコンテンツに触れることができる。サイトのデータベースに登録されている問題数の膨大さを考えれば破格のサービスだと思う。(ネットに出回ってる模擬試験をこのサイトの問題数分揃えようと思うと10万円以上かかる)ただ、問題の傾向が近年の試験の問題の傾向とややズレているものが多く、問題演習をこのサイトだけで済ませようとするのは危険だと思う。私はこのサイトの模擬試験で10回以上連続で95%を超えるほどやり込んでいたが、試験本番では見慣れない問題に悩まされて結局B判定合格だった。一つのコンテンツに過学習してしまわないよう注意が必要だ。

とみわいん.com
試験直前1週間前、ワイン受験.comを大体やり切ったので、他の人が作っているコンテンツも試してみようと思ってネットを漁ったら、このサイトに出会った。ADVの富田葉子先生という方が個人でやられているブログで、ソムリエ・ワインエキスパート受験に関する情報や問題集で充実しまくっている上に完全無料である。正直、勉強を始める前にこのサイトの存在を知りたかった。流石に試験までもう時間がなかったので、「暗記の武者修行集」というコンテンツだけほぼ満点が取れるようになるまで繰り返した。

JSAの教本
一応これがソムリエ・ワインエキスパート試験の公式の教材で、ここに書いてある内容からしか問題は出ない。ただ、ひたすらデカくて分厚くて字も小さくて、あまりに情報量が多く細かい上に章によっては非常に読みづらかったりもして、これを最初に読もうとすると間違いなく挫折する。上記に挙げた教材を軸にして、そこで取り上げられている内容を教本から探して知識を増やす、という風に使おう。また、当たり前だが地図や表はとても充実しているので、それらは教本から覚えると効率が良い。

受験時に知っておきたかった教材
受験が終わった後、同じ年にソムリエ・ワインエキスパートに合格した友人からおすすめの教材を教わった。勉強を始める前に知っておきたかったものが多く、情報収集の重要性を痛感した。これから受ける方は、ぜひこれらも参考にして欲しい。

3. 一次試験対策 (2) - 私の勉強法

私は字が汚くてノートをとってまとめることができない人間なので、ペンと紙は一切使わなかった。代わりに、ひたすら読んで反芻して問題を解くことを繰り返して覚えていった。具体的には、以下のサイクルを何度も何度も回した。

1. 杉山先生の本を一章分読んで、なんとなくわかった気になる
2. ワイン受験.comで問題を解いてみて、無力さに打ちひしがれる
3. 杉山先生の本を読み、間違えたところを中心に覚え直す
4. 1-3を繰り返す
5. この時点で、杉山先生の本でカバーされていないところがわかる
6. 5で見つけた項目とその周辺を教本で読んで覚える
7. ワイン受験.comで3回連続で9割以上正解したら次の章に進む

記憶は、一回しっかり覚えただけでは定着しない。繰り返し何度も思い出そうとすることで少しずつ覚えることができる。私は上記サイクルを教本の全ての章について進めつつ、次の章に進んだら直前の章とその前の章の問題を繰り返し解いて復習する、という方法をとった。全体を一周するまでに時間はかかるが、この方が記憶の定着が良い。なぜなら、人間は忘れつつあるものを何とか思い出すことで記憶が強化されるからだ。気になる人は「忘却曲線」というキーワードで検索してみて欲しい。書くことで覚える、解くことで覚える、語ることで覚える、などなど、最初に記憶するための方法は人によって向き不向きがあるが、「忘れる前に頑張って思い出す」というのは万人に通ずる記憶のコツだと思う。

また、合格のために一応急ぎで目標を立てた。試験に合格するのが「目的」なら、それに対応する「目標」を立てると良い。「目標」は具体的で実現できるもので、かつ「目的」に整合するように立てる。東大受験なら「各種予備校の秋の模試でA判定を取る」だったり、英語学習なら「TOEFLのspeakingとwritingで23点以上を取る」といった具合だ。今回は下記のように目標を立てた。

・ワイン受験.comの模試を10回繰り返しA判定を取る
・ワイン受験.com以外の問題集で80%以上の正答率を出す

また、一つの教材にこだわり過ぎないというのも大切だ。教本に拘って完璧に覚えようと鋼の意志を固めたならそれだけでも良いかもしれないが、何か参考教材を中心に勉強するなら、複数の異なる作者・著者による教材を幅広く用いると良い。二次試験対策の項目でも触れるが、複数の異なる視点から得られる知見をアンサンブルすると、より頑強な理解が得られて、ある程度不測の事態にも安定して対応できる。単一の視点という型に自分をはめてしまうと、そこから漏れるものには完全に無力になる。

4. 二次試験対策 (1) - スクール

二次試験はブラインドテイスティングで、出されたワインを正しい表現で評価し、産地・品種・ヴィンテージを推測しなければならない。ある種のテクニックのようなものが求められているのを感じ、流石にスクールに行くことにした。テニスを上手くなりたかったらテニススクールに行くのと変わらない。実技に関しては素直にプロに頼った方が早い。私は下記のスクールに通った。

・アカデミー・デュ・ヴァン(富田先生、紫貴先生)
・レコール・デュ・ヴァン(田邉先生、信國先生)
・魔境塾(はっしー)

アカデミー・デュ・ヴァン(ADV)
先生の数も講座の数も種類も豊富で、まずこのスクールに行こうと思う人は多いはず。「樽熟成」に絞って学ぶ回や「基本品種の新旧世界比較」の回など、細かいニーズに絞って学べるのが良い。各授業でそれぞれ最大6杯までワインが出る。出てくるワインも試験によく出そうなものが中心だが、少し予想や傾向を外して教育的なものもある。個人的には、ADVで授業を受けるなら富田先生が圧倒的にオススメ。適切な情報量で、小手先のテクニックに頼らず、論理的にワインを評価する手法を教えてもらえる。過去の試験の傾向などのバイアスに囚われないように指導してくれるのがとても良い。

レコール・デュ・ヴァン(レコール)
カリスマ田邉先生を筆頭に、論理的に品種・産地を推測する方法論に長けた先生が多い。ADVよりも一回の授業のコスパが高く(5000円で8杯テイスティングできる)、授業で出されるワインは試験によく出る範囲に厳選されたものが多い。そして正直、田邉先生が凄すぎる。情報量はかなり多いが、試験に合格する上で一番参考になったのは田邉先生の教えだった。彼の授業は大変人気ですぐに埋まってしまうので、一次試験が始まる前から講座を調べ始めて、早めに予約した方が良いと思う。

魔境塾
はっしー(@hassy1224)という人が個人で営むワインセミナー。Twitterで受験のことを呟いているといつの間にか捕捉され、セミナーに誘ってくれる。彼が出してくるテイスティングアイテムはここに挙げた他のどのスクールよりも難しく、「二次試験は品種当てゲームではなく、ワインに向き合って正しい言葉で表現できるようにならなければならない」という基本を痛いほど理解させてくれる。あと、他のスクールに比べると、このセミナーの参加者はみんな試験後も仲良くなる傾向がある(気がする)。

一次試験の時と同じで、一つのスクールや一人の先生にこだわらないよう、複数の先生の授業を一度受けて、自分に合っている先生2-3人の指導を総合して参考にすると良い。これは二次試験においてはより重要だ。なぜなら、テイスティングは結局のところ「主観」に拠るからだ。「主観」は人によってブレが大きいので、複数組み合わせて正しい方向を見定める必要がある。

5. 二次試験対策 (2) - 個人練習

スクールに通う以外に、自宅やワインバーなどでも練習をした。

自宅練習 - ADVのハーフボトルセット
試験で使われるISO国際規格のテイスティンググラスとワインセットを買って、自宅でパートナーに協力してもらって練習した。ワインは、解答の方針をまとめた冊子と試験に出そうなアイテムをまとめたハーフボトルセットがADVから売られているので、それを使った。9月に入るとこのセットは早々に売り切れるので注意。遮光瓶に移してプライベートプリザーヴという不活性ガスを吹き込んで保存し、繰り返し練習した。家での練習は「なぜ間違えたか」を掘り下げることが難しいが、苦手な種類のワインに絞って何度も繰り返し練習できる。ただ、ワインは同じ品種・産地でも作りによってかなり変わるので、強いバイアスがかからないように気をつける必要がある。


ワインバーやレストランでの練習東京のワインバーやレストランは、9月に入ると試験対策でブラインドテイスティングをメニューに加える店舗が結構ある。わざわざ貴重な営業時間を削ってセミナーを開いてくれるところまである。下記ブログ記事は、都内でテイスティング練習ができるお店を丁寧にまとめてくれていて最高だ。この記事の中で何店舗か行ったが、個人的な一番のおすすめは代官山食堂Q'zさんのセミナー。ただ、闇雲にいろんな店舗に行ってひたすらテイスティングをするよりは、そのお金でスクールに行った方が良いと思う。やはり受験のプロではないので、出されるワインが試験範囲の的を外れていたり、解説などのフィードバックが得られなかったり、ワインの保存法的に香りが閉じていたりすることがあるからだ。例えば、ヴァキュヴァンという空気を抜く道具で保存した場合、ワインの香りが一時的に消滅し、注いでから香りが立つまでにかなり長い時間がかかってしまったりする。

絶対合格!富田葉子のテイスティング虎の巻
個人で勉強する上では参考書も重要だ。それも、コンクールなどを指向した包括的なものより、できるだけ試験の形式に近い形で解説がなされているものが良い。幸運なことに、私が受験した年にちょうどこの本が出版された。ADVの富田先生が書かれた本で、試験に出うる品種の特徴、評価の仕方が実際の試験の形式に沿って解説されている。様々なテイスティング本が出回っているが、JSAソムリエ・ワインエキスパートの二次試験対策なら、この本一冊で十分だと思う。

Bar MIZさんのその他のお酒講座
二次試験では、ワイン以外のその他のお酒も出される。2020年受験時は、ワインエキスパートは1種類、ソムリエは2種類のその他のお酒が出た。その他のお酒は評価する必要はなく、ただ当てれば良いだけで、それぞれ特徴もはっきりしているので、重要なのは「飲んだことがあるかないか」だ。スクールでもその他のお酒対策講座はあるが、一度の授業でカバーされる内容が限定的だし、後で繰り返すことができない。私はできるだけその他のお酒に時間もお金も使いたくなかったので、Bar MIZさん(表参道)のその他のお酒講座に行き、そこでもらった50種類の小瓶セットを繰り返し使って特徴を覚えた。講座と小瓶セットで合わせて2万円ちょっとなので、かなり破格だと思う。

6. まとめ

上記を総括するとざっくりこんな感じになる。

・何に関しても、迅速に決断、行動し、機会を逃さない
・始める前にまずは情報収集し、計画を立てる
・具体的な「目標」を立ててから取り組み、それにコミットする
・短いスパンで繰り返して記憶を定着させる
・できるだけ多様な教材や先生から幅広く学ぶ
・テイスティング練習はスクールを中心に計画する
・品種当てゲームをせず、論理的にワインを評価する

ソムリエ協会は過去に何度か試験方式や傾向を大きく変えてきたので、2020年のこの記事がどれくらい役に立つか分からないが、ここにまとめられた大まかな姿勢は、試験の傾向が変わってもそれなりに役に立つ方針になると信じている。

この記事を読まれた受験者の皆さんが、無事に試験に合格できますように。頑張ってください!

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