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賛同はしないけど、話は聞いてみようか。


時々、自分の価値観とは真逆の言葉を発する人に出くわす。


一瞬で嫌悪感が体中を駆け巡るような、思わず「マジ!?」と叫んでしまいそうな、そんな度肝を抜く発言に出会うことがある。


腹立たしくもあり悲しくもある。なんて非道な人だ、なんて冷たい人だ…そんな気持ちがぶわぁっと破裂しそうになることがある。


例えば政治家の問題発言が起きたら、大勢でその人を非難することは案外簡単にできる。SNSでも批判や非難の声が多く集まる。最終的に辞任においやる選択肢も生まれる。言葉の持つ力はそれほど影響がある。


もし、これが職場という小さな世界で起きたことだったとしたら、もしもその小さな世界で誰か信じられないような発言をしたとしたら、果たして全員でその人を批判して排除するのが正しい方法だろうか?とふと思ったりした。


わたしはビックリするし、怒るかもしれないし、悲しい気持ちになるかもしれない。


だけど、もしできることならば深呼吸して、勇気を出して歩み寄りたい。


一度発せられたその言葉に賛同することは一生ないと思うけれど、でもあなたが発したその言葉の奥にいる、あなたの気持ちに寄り添うことはできる。


だってその発言は、今日突然変異で生まれたものではなく、今日まで共に歩いてきた日々の中で少しずつ構築されてきたものだから、その構築にわたしが100%無関係とは限らない。


だから、賛同はしないけど話は聞いてみようかと思う。


だってわたしたちはチームだから。


批判して分断することよりも、価値観の違いになんとか寄り添って手を握り合う瞬間を見つける努力はしておきたいと思う。多様性を受け入れるということは、みんながハッピーになることではない。たぶん勇気や努力、根気や我慢も持ち合わせて歩いていくことが必要なのだと思う。



決して賛同はしない。だけど話は聞いてみようか、と。


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