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小説・夜が明けるまで~第一話  「月見蕎麦の決意」~アラフォー就職奮闘記~

2009年早春、私は突然失業した。

それまで失業したことがなかったわけではない。
しかし、例えば長く勤めた会社を前から準備して一身上の理由で辞めたことはあったが、この時は違った。

早い話が、当時のリーマンショックの波に飲み込まれ、派遣切りにあったのである。
 一緒に同じ会社を契約終了になった同僚と、阿佐ヶ谷駅前の安いお蕎麦屋さんに入った。
ワンコインでお釣りがくる月見蕎麦を食べながら、独身・アラフォーの女二人は、勤務先だった会社と派遣会社の文句を散々と言い合った。

「ちょっとさ、派遣会社にダマされたもいいとこじゃない。私が昨年末に辞めて他の会社に移ろうとしたら、今辞めても仕事ないですよ、この会社ならまだ大丈夫、とか言ったのよ。あの営業担当、頭にくる。」       友人は憤慨している。

「そうだね。昨年末の方が、多分まだ仕事はあったね。失業率も低かったし。この3月末が一番私達みたいな事務職の派遣社員の契約終了が多いって、インターネットのニュースで見たものね。」私は半分放心状態。

「それにしても、社員の人達、どうするつもりだろう。私達アシスタントが一斉にいなくなったら、在庫管理システム使える社員なんて、ほとんどいないよ、あの会社。」
 私達のように契約終了組の派遣社員は、退職する前に、社員相手にシステムの研修講師をやらされたのだった。

長年派遣社員に在庫管理システムを任せていたために、社員はすっかり甘えてしまい、自分たちはそのシステムに入るパスワードさえ、とっくに期限切れになっていたのだ。

アメリカにある本社の上層部はそんなことになっているとは露知らず、アシスタントの派遣社員を一斉に3月末で契約終了にしたのだった。

研修で教えたとはいえたった1日だったので、現場は今頃大混乱だろう。
「いいじゃない。勝手に困っていれば。私達を随分コキ使っておいて、挙句に路頭に迷わせたのだから。」

 しかも、私は上司から個室に呼び出され、信じられないことを言われたのだ。
「余っている有給休暇は、次に派遣された会社で使えばいいじゃないか。今、貴方にいなくなられると困るよ。わかるだろう。」
 時は、リーマンショック時である。派遣会社から次の仕事の紹介なんて、あるわけがないではないか。
「次の仕事は決まっていません。有給休暇取得は労働者の権利ですから、自由に取らせていただきます。」とはっきり言った。

いなくなられるのが困るなら、本社に直訴して私の契約終了を取り消してほしい、と思ったが、普段から頼りないこの上司だ。
この人に何の力もないことは、非正規社員の私にもよくわかっていた。

私は余った有休が10日ほどだったので、2週間くらいは引継ぎに使ったが、契約終了になった中には、有休を20日間持っていた派遣社員もいた。
 その人たちは、1か月前に宣告された契約終了というひどい仕打ちに怒り、もうこの会社で働く気がなくなるのも当然だ。契約終了がわかったとたん、次の日から有給取得に入っていた。

蕎麦を食べながら、あの子はどうしたとか、社員にこんなことを言われたとか話していた私達であるが、そのうちにこんな不毛な会話をいつまでもしている暇はない、と気付く。
二人とも独り暮らしで、家賃・生活費を面倒見てくれる人はいないのだ。
貧乏暇なし、と言うではないか。早く動き出さなければ、と焦り始める。

元同僚は
「私もう一度、派遣会社に電話をして、なんとか仕事探してもらう。」と言って帰った。
まだ懲りていないのだろうか、とその背中を見てため息が出る。
流石に私は、ここで正社員になる活動をしないと、貧困レディ―への道まっしぐらだと予感がしたのである。

といってもすぐには無理だろうから、まず、年齢制限のないアルバイトに次々電話し、履歴書を送ってみよう。それから平行して正社員に応募してみよう、と考えた。
そうはいっても、如何せん時はリーマンショックの後で、そもそも仕事なんかぜんぜんない。
たった一人の事務員募集に、30人から40人くらいが応募しているという。

やっと見つけた東京都最低時給の事務職のアルバイトの面接を受けに行くと、20代と見える若い女の子が真新しいスーツを着て艶々した髪を一つに束ね、私の前に並んでいる。
「こりゃだめだ。」
案の定、その会社は落ちた。(第二話「仮面の偽証」に続く)

♡第一話を最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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