「LADの作り方」4

 本格的にブログを書くの初めてですが、思い出しながら書いているとどうしても長文になりますね。でも伝えたい思いを省略するのも難しい。
なるべく端的に分かりやすく書ける様、少しずつですが改善して行きたいと思っております。

 居酒屋アルバイトで働き始めて1年くらい経ちある程度落ち着いた頃、大学で課題等、出来ている訳では無かったのですが実際の設計現場を見てみたくなりました。


 学部で働いている友達を探し無事紹介頂き、大手ゼネコンでの雑誌掲載の図面編集としてアルバイトを始めます。課題等苦手でしたが以前からパソコンは使えていたこともありCADには少し自信が出てきた所でした。 が、案の定というか今覚えばそんな自信なんであるのか分からないくらいのレベル差を感じ半年ほど働き退社。思い出すと今であれば関わって勉強させて頂きたい案件ばかりでした。建築雑誌に掲載される実施設計を体験出来る機会なんで大きな組織に属さなければ出来ませんから。
 その企業に新卒採用される為には「東京大学大学院卒のみ」。これだけでどこの企業かばれてしまいそうですが、実際この基準は存在しました。


 居酒屋アルバイトで仕事がある程度出来る様になり、就職したら設計能力だけではなく人間力も問われると思い、設計能力だけでなく総合力であればその土俵に乗れる。そしたら少しは何かが変わるかと思いましたが、そもそも大手に入社する為には入口へも入れない。再度「ダメのレッテル」を貼られた気がしました。

 そして大学3年になり、就職活動を迎えます。

 相変わらず設計課題はうまくいかない日々が続いてました。
その中で夢を諦めず、自分自身が生きる道を見つけなければならない。
そう思い選んだのはハウスメーカーの設計職でした。

 大学時代胸を張って頑張った事はアルバイトと就職活動。自分が思い出せるハウスメーカー・ビルダーは全てエントリーと面接を受けたと思います。
 ハウスメーカーであれば会社員色が強いので、設計職として働ける道があるはずだと思い、必死に自己分析、面接練習を重ね、受け続けました。

アトリエ系を選ばなかったのは
・実力不足
・継続できる自信が無い
・収入面
奨学金を借りて通っているものとしては収入面は生活する上で重視しなければならない要素でした。今見渡すとアトリエ系事務所は時代なのか減ってる気がします。はやり労働、収入面で無理があると思いますから。

 最終的に内定を頂けたのは3社。選んだのは地元埼玉で一番大きな分譲メーカーでした。
 選んだ理由は
・人事、面接に参加している人たちの人間力。
・住宅に必要だと思った施工一貫体制、地域密着
・転勤がない 
→残念なことにここは覆ります・・・。

退職した今も選んだのは間違いないと思いますし、本当好きな会社です。選んだ理由もぶれてない。地元の方であれば大体想像つくと思いますが、お世辞抜きに働いている人達は良い人が多く素晴らしい会社だと思います。


無事内定も決まり、後は卒業を迎えるのみ。
しかしここで人生を左右する事件が起きます。

つづく

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