美味しすぎない「特製手打ち塩ラーメン」
片側三車線の大通りを西に走る。カーナビにも認識されないほどの路地を左に折れ、少しだけアクセルを踏むとドン突きにラーメンを出す店がある。
「ま心 えんどう」
満車のスターバックスの向かいにあるとは思えない昭和の空気感。時空の歪みが心地よい。店の前に車を停めて暖簾をくぐると、まるで他人の家の居間が現れる。火曜サスペンスが流れるテレビとひたすらに寝る猫。ばあちゃんに誘われながら、至極プライベートな空間を抜けて席へ向かう。
広縁にとられた席に通された。奥に小さな台所が見える。オープンキッチンである訳もなく、ばあちゃんが蛇口を捻りコップに水を汲んでいる。
テーブルはレースのクロスが敷かれ、厚手のビニールで覆われている。冬の陽射しが心地よく、思わず上着を脱ぐ。これはあれだ、田舎のじいちゃん家の雰囲気だ。
じいちゃんとばあちゃん家。久びさに孫をみる興味の目線と、子ども心に感じる他人の距離感。「ですます」の狂う絶妙な時間が、コミュニケーションの勘を鈍らせる。小遣いをもらう時だけ精一杯の愛想を浮かべる。少しだけ家庭が複雑だったから、祖父母に受ける印象が他人と異なるのかも知れない。
猫が寝る居住空間と客席、襖の奥にあるであろう調理場の線引きに戸惑いながら「特製手打ち塩ラーメン」をオーダーする。暫く待つと、じいちゃんとばあちゃんが二人で一杯ずつのラーメンを持ってきてくれた。満面の笑みだ。
濃厚で澄んだスープは少し塩辛く、手打ちの縮れた細麺は少しだけ長く茹でられている。780円のラーメンなのに立派なエビが乗る。殻を剥くのが少し面倒くさいが、顕になった内子と味噌に少しだけ、いや、結構テンションが上がる。
満足の一杯。帰りがけの景色。ばあちゃんが猫を愛でる。大きな声でゆっくり会話する。お釣りを渡す手が冷たい。
「アイスでも買って食いなー」
貰える訳がないのだけれど、帰りがけにティッシュに包んだお小遣いを期待してしまう。また遊びに行こう。その時は、ついでに塩ラーメンをつくってもらおう。
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