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美味しすぎない「フルーツプリン」

喫茶店の男

この席に座るようになって、どれぐらい経つだろうか。寂れた町には似つかわしくないモダンな店内で、今日もブレンドを飲む。いつもの面子といつもの会話。みな漏れ無く腹が出て、頭は禿げ上がっている。まるで老人会のような装いに思わず眉をひそめる。

カウンターの向こうに居るママは同い年だ。私の老いに影を落とすように、彼女はキラキラとした光を放つ。未だ「客とママ」であることを慰める友もいるが、コーヒーをオーダーすれば少なくとも18時までは一緒に居られるのだから、決して悪い状態ではないと思っている。

仕事中のママに、今日も騒がしくて申し訳ないと一瞥をくれる。いつも通りに素っ気なく笑う彼女が、華やかなデザートを持っていく。よく見かけるメニューだが、これをお爺さんが頼んだらママに笑われてしまうだろうか。


「フルーツプリン」がカップルの元に運ばれた。物珍しそうに写真を撮っている。どうだ、この店は銀座のカッフェにだって負けていないだろう。この店は、ママは、私らの誇りなのだ。

喫茶店の女

私は50年ほど前に喫茶店「ウィーン」を相馬にオープンした。若い娘が一人で切り盛りする姿が珍しかったんだろう。当時から客を装って言い寄ってくる男がたくさん居た。でも私はこの店が好きだからこそ、ウィーンを告白の場に利用するような男とは一緒になりたくなかった。

今こちらをチラチラ見てる男らも例外ではない。耳も老化しているのだろうか、老人会の声のボリュームが日々大きくなっている気がする。お気に入りのジャズがかわいそうだ。ボリュームの摘みを時計回りに回す。

向こうの席に注文を届ける途中、背中越しに老人会の一人が言った。

 「ママ、そのメニュー何?いくらするの?」
 「フルーツプリン。750円よ」
 「それは安いな。今度頼んでみようかな」

常連のような顔をして、私が一番自信を持っているフルーツプリンの存在すら知らないなんて。できる限りの愛想笑いを振りまきつつ、この男とは一緒にならなくてよかったと安堵する。

(この作品はフィクションです)

喫茶店の客

背もたれが直角で過剰な装飾のイス。少しだけ違和感を感じる程度に低いテーブル。ヤニで変色した壁。そして、そんな「美味すぎない雰囲気」を覆す壁面レリーフが圧巻だ。

壁の彫刻と照明に目を奪われる

品のよい白髪のママが運んできたフルーツプリン。おそらく手づくりのプリンの上に、これでもかと果物が乗せられている。

アイスまで乗ってる

リンゴやバナナなどの生果に缶詰フルーツが加わる。喫茶店と言えばあのブヨブヨとしたさくらんぼ風の物体を思い浮かべがちだが、クリームの上に鎮座するのは生のアメリカンチェリーだ。肝心のプリンは、固すぎず、柔らかすぎず。マダガスカル産のバニラビーンズを惜しげもなく使っているようでもないし、厳選した北海道産の生クリームも加えてなさそうだ。

絶品ではないが、最高のコーヒーを飲んだ

間違いなく「美味すぎない」…はずなのに、過ごす時間は間違いなく最上級だ。心地よいジャズの音色が、窓際に座る諸先輩らのガハハと笑う声で打ち消される。ママは友だちらしき女性と席に座って話し込んでいる。上質な空間が、少しだけ汚れているから居心地がよい。

うん、なんだか物語が見えてきた。あの禿げたおじさんは昔からママが好きに違いない。でもママはお店が一番好きで、皆からの告白を断り続けて…と。


サポートいただいたお金で絶妙なお店にランチにいきます。