英語語源辞典通読ノート A (aphrodisiac-append)

研究社『英語語源辞典』(KDEE)を通読しながら見つけた語源の面白いネタをメモしています。今回はp54からp56まで。

aphro-, aphrodisiac

"aphro-" はあまり馴染みがないが、「泡」の意味を付与する接頭辞である。ドイツ語からの借入で、語源はギリシャ語 "aphrós"(foam)である。
この接頭辞と関係するのが "aphrodisiac"「催淫薬、性欲を促す」という単語である。ギリシャ語からの借用で、語源はギリシャ神話の女神 "Aphrodite"「アフロディテ」である。
このアフロディテだが、愛と美と性を司る女神であると同時に「泡から生まれた」という属性もある。これはKDEEによればギリシャ語 "Aphroditē" が通俗語源によって "aphro-" 接頭辞と連想されたために生まれた解釈らしい。通俗語源が神話を変えてしまったようだ。

Apocrypha

元々は「作者不詳の、偽作の」という意味で、今は「経典外聖書」という意味の単語。語源を遡るとギリシャ語 "apokruphos"「隠された」、"apokruptein"「…から隠す」に由来する。これは "apo-"接頭辞「…から離れて」と、"kruptein"「隠す」から成る。"kruptein" は英語 "crypt"「地下室、穴蔵」や "cryprography"「暗号学」の語源でもある。

apology

元々は「弁明」という意味で、後に「謝罪」という意味になった単語。動詞形の "apologize"「謝罪する」のほうが馴染みがあるかもしれない。
中英語 "apologe" は後期ラテン語 "apologia" からの借入で、これもギリシャ語 "apologiā" からの借入である。"apologiā" は「弁護、弁明」という意味で、"apologeisthai"「…の弁明をする」から派生した名詞である。これは "apo-" 接頭辞と、"légein"「話す」から成る。"légein" は "logos"「ロゴス」と同じ印欧語根 "*leg-" に由来する。
語源から原義を想像すると「…から離れて話す」という感じになりそうなのだが、追及を受けている誰かの代わりに弁護をするというイメージで合っているのだろうか。それほど複雑な構成要素ではないのに、語源と現在の意味が結びつけにくい単語である。

apostrophe

日本語でも「アポストロフィ」と呼ばれる「'」記号のことである。古フランス語 "apostrophe"、または後期ラテン語 "apostrophus" 「省略記号」からの借入で、これはギリシャ語 "apóstrophos"「背を向けた」からの借入である。"apóstrophos" は "apo-"接頭辞と "strephein"「向きを変える」から成るが、この意味からどうして省略記号の意味に成るかはKDEEの記述だけではよくわからない。etymonlineで調べてみると、"(the accent of) turning away"「反転したアクセント」と解釈することで、つまり発声しない「省略」を示す意味になったということらしい。納得がいくようないかないような話だ。

apparatus, apparel

"appar-" が共通だし何らか語源的つながりがあるだろうと思ったらほとんどなかった、今回の他人の空似シリーズ。
"apparatus"「装置、設備、器官、用具」はラテン語 "apparatus"「準備」からの借入である。これは "apparāre"「準備する」から派生しており、 "ap-" 接頭辞(強意、方向づけ)と "parāre"「準備する」から成る。何かをする準備として用意されるものということだろう。
一方の "apparel"は「服装」や「飾り立てる」という意味で馴染みがあるが、古い廃語義には「準備、準備する」がある。ということは "apparatus" と同語源か?と思ったら裏切られた。語源を遡ると俗ラテン語 "*appariculare"「同じにする、ぴったり合わせる」に由来し、"ap-" 接頭辞と "*pariculum" から成る。"*pariculum" はラテン語 "pār"「等しい」の指小形である。
KDEEではラテン語での関連語として "apparāre" を示しているが、どういう意味で関連するとしているのかはわからない。しかしこれだけ似ていて意味も近いのに無関係ということはないだろうと思うし、中英語期の "apparel" の綴りはかなり揺れていたようだから、ラテン語 "apparāre" と混同されたと言われても不思議ではない。

appeal

日本語でも「アピール」でお馴染みの単語。13世紀には「上告、哀願、懇願」を意味し、そこから「告発、告訴、挑戦」、19世紀頃から「魅力」という意味に転じてきたようだ。
語源を遡ると古フランス語 "apel"、ラテン語 "appellare"に遡り、これは "appellere"「(人を)駆り立てる、請願する」の反復相である。"appellere" は "ap-" 接頭辞と "pellere"「駆り立てる」から成り、"pellere" は英語 "pulse"「脈拍」と同語源である。
人を駆り立てる、動かすというニュアンスは共通しているが、時代とともに抗議から魅力への意味が転じてきたのは、裁判や司法制度の歴史と関係したりするのだろうか。

appear

「現れる、明白になる」という意味の単語。KDEEではこの語の綴り字の変遷について詳しく書かれている。語源を遡るとラテン語 "appārēre" に由来し、これは "ap-" 接頭辞と "pārēre"「現れる」から成る。この "pārēre" の語源は不明らしく、音がよく似た上述の "parēre"「準備する」との関連の可能性が書かれている。しかし意味はあまりつながってなさそうだ。

append

「掛ける、吊るす、飾る、添える」という意味の単語。ラテン語 "appendere" からの借入で、"ap-" 接頭辞と "pendere"「吊るす」から成る。
KDEEによると、中英語期にも "appende" 「属する」という単語があったが、これは古フランス語 "apendre" からの借入(これは同じくラテン語 "appendere" からの派生)で、現代英語の "append" とは直接つながっていないようだ。中英語期の "appende" から現代英語の "append" まで約2世紀ほどの空白期間があるらしく、ずっと使われて来た語とは見なしづらいようだ。
ラテン語 "appendere" が古フランス語経由で入ってきたが一度廃語となり、時を経てあらためてラテン語から再借入されて定着するというのはなかなかおもしろい。語源の先祖返りとでも言うのだろうか。


今回はここまで。"ap-" シリーズはなかなか濃い。