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好きなことを全力でやったら、思いっきりドン引かれた話


◇体育館裏に呼び出すような


2023年1月1日の朝

小学校からの幼馴染と大濠公園を歩いていた。

大濠公園は福岡の観光名所になっており、その名の通り大きな堀を囲む公園で、一周約2キロほど。

その周りをジョギングや散歩する人も多い。

ヤキモキしていた。もう公園を2周した。早く本題を切り出したいのに、幼馴染の「理想のデートの話」が一向に終わらない。

そもそも小学校に入る前から付き合いのある30歳を超えたおっさんの恋愛観など、元旦から聞きたくない。

この日、幼馴染を呼び出したのは、ある誘いをするためだ。

それを切り出せないのは「おうちデートではどのタイミングでキスをするのか?」という話のせいではない。

実はすごくドキドキしている。

もちろん恋愛話にではない。

「この誘いを断られたらどうしよう」と。


学生時代に体育館裏に好きな娘を呼び出して告白するようなドキドキである。


中学生男子がモジモジして、なかなか告白できないまま、どうでもいい話で場を繋ぐように、友人の話を(本当にどうでもいい話なのに)切り上げることが出来なかった。

ついに3周目が終わった。このまま何周もするわけもいかない。幼馴染の家は近くなので、送ることにした。

「今日はもう話せないかもしれないな」と諦めた。

でも、マンションの下まで来た時、ここしかないと決めた。

やりたかったことをやるんだろう。

「一緒にM-1に出よう!」

M-1とはあのM-1グランプリのことで、漫才の日本一を決める大会のことだ。

知らない人はいないし、もはや説明もいらない。

ずっとそのM-1に出てみたかったのだ。

俺たちさ、やりたいことをやらないまま大人になって、勝手に『いい年だし』って諦めて誤魔化してたけどさ。おっさんになってもアホみたいにやりたいことやって、青春取り戻して生きていこうぜ!


自分のドキドキを隠すように捲し立てていた。

ずっと、ずっと漫才がしたかった。

子供の頃は吉本新喜劇、ボキャブラ天国をはじめとするお笑い番組に夢中にだった。

中学生の時にM1グランプリが始まった衝撃は今でも忘れられない。

りょうが見逃したら絶対後悔すると思って録画したよ」と兄貴がビデオに録画してくれていた。

テープが擦れ倒すまで見て、自然にセリフも覚えた。

あの舞台に立ってみたい。

野球少年が大谷翔平に憧れるように、M1グランプリに出場する芸人さんに憧れた。


学校に行かなくなって、部屋に篭もるようになってからも、テレビから流れる笑いに救われた。


かつては芸人になる夢を追いかけて挫折した。


挫折した後悔から大好きなお笑いと真っ向に向き合えない日々が何年も続いた。

毎年M1グランプリが開催される12月になる度に、楽しみと悔しさが混じり合った。

大好きなものを遠ざけてしまうことほど切ないものはない。


M1グランプリを見終わった後に寂しさが込み上げてくる。

「漫才したかったな」


2022年12月ウエストランドが優勝した。そのM1グランプリを見ている時に、ふつふつと込み上げてきた。

「いつだってやりたいことやっていいじゃんか」

大人になって後悔を受け入れるふりをしなくてもいい。

◇その日、相方になった


「りょうくん、待ってたよ」

幼馴染は照れくさそうに言った。

「漫才の誘いを待っていた」という意味ではない。

何か人生に興奮と刺激を与えてくれるスパイスを待っていたのだ。

30歳を超えると、人生は繰り返しのルーティンになっていく。決まった仕事をして、決まった行動をして、生きていく。

それだけで尊く素晴らしいこと。

だけど、どっかに刺激を求めている。求めているけど、年齢を言い訳にして、ルーティンに生きてしまう。

この男もまた、ずっと刺激的なものを探していたのだ。

自分が学校に行かなくなった頃と同じ時期にそいつは学校を辞めた。


このまま進むだろうと思っていたレールから2人ともドロップアウトした。落ちこぼれとレッテルを貼られた。

レールから飛び降りても人生は終わらない。

悔しさと「今に見てろ!」と反抗精神を抱えて、もがきながら自分の道を歩いてきた。

その日々の想いが、大人になって落ち着くどころか、どこかで燻り続けていた。

主語が大きすぎるかもしれないが、男はずっとバカなのだ。

少年時代の「何者かになりたい」「何かを成し遂げたい」と、夢を大人になっても隠したまま燻らせている。

その火を燃え上がらせる風が「一緒にM1に出よう」だったのだ。

「りょうくんやってみようか」

「うん。やろう!」

「なんか恥ずいわ」

恥ずいね。ってか、さっきまでの恋愛トークが邪魔で邪魔で仕方なかったわ」

なんでやって!」


幼馴染はその日、相方になった。

目指すはM1グランプリ予選一回戦

◇もっと早くパンツを脱いでおけば


別にプロのお笑い芸人になりたいわけではない。


好きなことを思いっきりやりたい。
ただそれだけ。


M1グランプリは、燻っていた好きなものに全力で情熱を注ぐには最高のお祭りだ。

その日からネタ合わせに打ち込む。

わけではなかった。

何だか照れくさかったのだ。ネタだけを書き続けて、ネタ合わせをしないまま半年も過ぎた。

付き合っているのに、手も繋がないでラブレターを書き続ける。

しかも、そのラブレターは部屋の引き出しにしまったまま。ウブな少年である。

「おい!何を恥ずかしがってんだよ!」と思うかもしれない。

本当に自分でもそう思う。

でも、少し言い訳をするならば、熟年夫婦が久しぶりに甘い時間を過ごす夜を想像してみてほしい。

恥ずかしさと照れで、ぎこちない時間が続く。


30年近く共に過ごしてきた幼馴染と大人になってから漫才することは、子育てを終えて久しぶりに旦那の前で裸になる気持ちなのだ。

ウブな少年と熟年夫婦のマインドを抱えていたら、半年なんてあっという間だった。

梅雨が終わり、夏が近づいた頃、ようやく観念した。

それまで書き溜めていたネタを持って、ネタ合わせを始めていく。

いざ、ネタ合わせをするとめちゃくちゃ楽しい。

自分が頭の中で面白いと思っていたことが2人で掛け合いになっていく。書き言葉から話し言葉になっていく。

こんなに楽しいなら、もっと早くパンツを脱いでおけばよかった。

とてもいいスタートだった。

楽しくて気が付けば、ネタ合わせで使用しているカラオケルームの時間がすぐに終わった。

「このセリフは〇〇にしよう」とネタ合わせ以外の時間も楽しかった。

だが、その楽しさは長くは続かない。

ネタを作って、漫才をしてみて、その体験がレアだったから楽しかったのだ。

その興奮が冷めてきた頃に、ようやく現実と向き合っていく。


「これ本当に面白いのか?」

「ウケなかったらどうしよう」

夜中に飲み会の二次会で思いっきり笑っていた話も、次の日には魔法が解けていく。

「なんであの話でそんなに盛り上がったのだろう?」と。

シンデレラの魔法と同じだ。

M1の予選は9月。気が付けばもう8月だ。

半袖でも汗をかく季節に、別に意味で汗をかき始める。

もっと早くネタ合わせをしとけば良かった。

でも、そのヒリヒリ感も嫌ではなかった。人生でこんなにヒリヒリすることはない。

これこそ青春に生きている感じがして嬉しかった。

そんな楽観主義ぶりを見せる僕に、相方は文句を言っていた。でも、その文句すら嬉しかった。本気になっているから、焦るし、文句も出てくる。


30年の付き合いの中で相方が、いや幼馴染がこんなに本気になった姿は見たことがなかった。

いつもくだらない話しかラインして来ないのに、「ネタの練習しよう」と夜中でもラインが来た。

僕が夏風邪を引いて寝込んだ時も「やる気あるの!?」と熱かった。


レールからドロップアウトして、世の中を斜めに見ることで守ってきた。真っ直ぐに熱くなることを避けてきた。ずっと冷めた態度をしていた相方が熱くなっている。

レールから外れても、その先に未来はちゃんとある。

9月9日の本番まで2週間、ほぼ毎日にようにネタ合わせをした。お互いに仕事をしているから1時間だけしかやれない日もあった。

眠くて疲れた身体に喝を入れて、何度も練習する。

もう何が面白いか分からない。

とりあえず自分たちが面白いことを楽しくやろう。

◇本番当日

予選の出番は昼過ぎだ。

その前にカラオケで最後にネタ合わせをする。

緊張からか、相方はネタ合わせを早々に切り上げて、B'zを歌いだした。

元旦には、どうでもいい恋愛話を聞かされて、今はB'zメドレーを聞かされる。

予選会場は福岡ドームの側にある吉本の劇場で、普段はプロの芸人が漫才をする舞台だ。

勉強の為に、この夏は劇場に足繁く通った。そこで子供の頃から憧れていた芸人を見てきた。

その芸人が立った舞台に今日は立つ。

初めての漫才がこんな大舞台でテンションは上がりまくっていた。舞台裏の楽屋に案内された時はただの一ファンだった。

「これが楽屋か〜」

これから漫才する緊張感よりも、本当の意味で、舞台裏を知れて興奮していた。

出番直前に舞台袖で待っている時も緊張はなかった。

「ここが舞台袖か〜」

とファンとして興奮していた。

舞台を客席で正面から見ることはあっても、袖から見ることはない。

前のコンビのネタが終わって、袖にはけてくる。案内するスタッフが僕たちの出番だと、舞台に出ていくサインをしてくれた。


勢いよく舞台に出ていく。

あれ、めっちゃ視野が狭い。」


緊張で視界はほぼゼロになった。さっきまで楽しくて興奮していたのに。

一気に緊張のピークがやってきた。横を見れば相方の顔は見たことないくらい白かった。

えっ!お前誰?」

と言いたいレベルである。


「どうも〜」

相方の第一声。真横にいるはずの相方の声がめちゃくちゃ小さい。お前、さっきまでB'zを気持ちよく歌ってたやん。

でも、あとはやるだけだ。やるしかない。

そのまま掴みのボケに入る。笑い声が聞こえる。あぁ、よかった。


そこで、やっと相方の顔に体温が戻る。さっきまでは北極にいた顔に血が通い始める。


会場を巻き込むような笑いが起きたわけではない。でも、客席で見ている、名前も顔も知らなかった人が笑ってくれた。

視野が少しずつ広くなる。米粒大の視野からみかんの視野に。客席の前の方に座っている人たちが見えた。


あぁ、ちゃんと見てくれている。


2分間の出番はあっという間だった。視野が正常に戻り切るまでの時間はなかった。

カラオケルームで2人で思いっきり笑っていた箇所がどんスベりしたし、何気なく入れたフレーズで笑ってくれた。

ありがとうございました〜。

最後のセリフを終えて、舞台袖に戻っていく。そのまま何も話さずに楽屋に入る。

相方が突然、思いっきり拳を掲げてガッツポーズをする。


そんな姿を見たことはない。

体は震えていた。思わずハグをする。


やりきったぜ!俺たち」

まるで爆笑を巻き起こして、優勝したコンビだった。


もちろん、優勝なんかしてないし、ちゃんと予選敗退した。

でも、熱くなれることに向き合って、やり遂げた。
30年も付き合ってきた幼馴染のそんな熱い姿を見れて幸せだった。

俺の中では人生の優勝だ。
誘ってよかった。乗ってくれてありがとう。

◇漫才やってよかった

会場に観に来てくれた妻と合流する。

妻は人生で1番緊張したらしい。手にはまだ汗をびっしょりとかいていた。

反省会と打ち上げで近くの回転寿司に行った。


席に座った瞬間に、相方と2人で謎の腹痛に見舞われた。抑えていた緊張のせいかも知れない。

やっと何かを食べられるようになったのは席に座ってから30分は経っていた。

妻の話によれば、笑ってくれる人もいれば、ポカーンの人もいて、何よりもドン引いていた人もいたらしい。

そりゃそうだ。

NHKの「つくってあそぼ」という子供の向けの工作番組がある。

その番組には、メガネをかけたわくわく先生とアシスタントのクマのゴロリが出てくる。

そのゴロリの腕を引きちぎって悪の組織と戦うネタだった。

人生で優勝だと思った日は、全力で好きなことをやって、思いっきりドン引かれた日にもなった。

でも、そこを含めて漫才をやってよかった。






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