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単数They(Singular They)と人称代名詞①ージェンダーを限定しない単数Theyは実は昔からあった?!ー

人称代名詞とジェンダー

Xジェンダーの悩みの種になる日本語の一人称

Xジェンダーという言葉は日本で生まれた言葉である。
では当事者は日本にしかいないのか?というと当たり前だがそんなことはなく、全世界に様々な「”女” か”男”という二元的なカテゴリーだけでは言い表せないと感じる人たち」を表す言葉が存在している。
 
国が違えば当事者の使う言語も違う。

人称代名詞というのは何かご存じだろうか?
Wikipediaの人称代名詞のページではこう説明されている。

一般に、話し手を指す一人称、受け手を指す二人称、それ以外の人、物を指す三人称に分けられ、数が区別されることが多い。一部の言語では性も区別する。

Wikipedia 「人称代名詞」のページより

日本のXジェンダー当事者コミュニティでは、一人称の話題がよくあがる。
 
日本語の一人称は「私」「あたし」「俺」「僕」「自分」「うち」「吾輩」「余」etc... あげきれないほどの数の一人称が存在し、ジェンダーと紐付けられている一人称も多く存在する。
 
Xジェンダー当事者にとって、どんな一人称を使うのかは悩みの種にもなりやすい。

ジェンダーに振り回される英語の三人称


筆者は高校卒業後18年間をアメリカの英語環境ですごした。
 
「英語は一人称がI(アイ)しかないから、そういう意味では一人称で悩むことがないのは楽ですね。」という感じのことをよく言われる。
 
一人称に関しては確かにそのとおりである。何でもかんでも「I(アイ)」ですむのは、確かに楽に感じる。
 
ただ、打って変わって、英語は三人称にジェンダーが深くかかわってくる構造になっている。
 
日本にも「彼」「彼女」などの性別を分けた三人称が存在するとはいえ、
文中で三人称が使われる割合は英語のほうが多めだと思われる。※1
 
日本の英語教育を受けた人なら
 
Heは彼
Sheは彼女
Theyは複数形で彼ら

 
と習ったのではないだろうか?
 
しかし近年では「They」がジェンダーニュートラルな単数の三人称としても使われ始めているのである。
 
というわけで、やや前置きが長くなったが、本記事ではそんな英語圏における三人称の扱いやThey事情について、前編後編に分けてお届けしたい。

※1:余談だが、そもそも日本語の「彼」には男性の意味はなかったらしく、昔は性別にかかわらず「あの人」くらいの意味で使われていたそうだ。そこに英語を日本語訳する必要性が出てきた段階で、he と sheという言葉に出会い男女を分ける必要性から「彼」に「女」を足して「彼女」をSheの訳語にあてたのだとか。

2019年Word of the Year (今年の単語)に選ばれたThey

2019年にはMerriam Webster(辞書でよく知られるアメリカの出版社)からワードオブザイヤー、今年の1単語!に選ばれたのがTheyだ。

"They"というとてもシンプルな単語が選ばれたことは、当時英語圏では話題になった。
その理由が前述のジェンダーニュートラルな三人称単数の代名詞としての使用の広がりが起因している。

Merriam Websterの英英辞書サイトの"they"のページに説明されている4つの用法(3a~d)が単数のTheyにあたる。

用法1-不特定の一般的な誰かを指す-
用法2-ある集団の誰か一人を指す-
用法3-意図的に性別を明かさずに誰かを指す-
用法4-ノンバイナリーの人を指す-

挙げられている定義を例とともに一つ一つ見てみよう。

注:下記の辞書サイトからの引用の和訳は、わかりやすいよう筆者がつけたもの。読みすいよう引用内にまとめているが、原文は英文のみである。また英文例も引用外での紹介ではあるが辞書からの引用のものとそうでないものが混ざっている。

単数Theyの用法

用法1-不特定の一般的な誰かを指す-

a—used with a singular indefinite pronoun antecedent
(単数不定代名詞の先行詞と共に使う)

Merriam Webster"They"のページ

一つ目の用法。例えばこういった使い方だ。

例:Someone ate the pizza but they didn’t drink the soda.
(誰かがピザを食べたようだが、ソーダは飲まなかったようだ)
例:No one has to go if they don't want to.
(行きたくない人は行く必要はない)


この使い方は目新しい使い方ではなく、昔からよく見かけた表現だ。
こういう時のSomeoneとかNo oneとかAnyoneは一人のことを指すのだがその「誰か」についての情報は存在しない。不特定の「誰か」を一般的に指す時、そういう時は単数でも英語では昔から人称代名詞としてTheyを使うことが多かったのだ。

用法2-ある集団の誰か一人を指す-

b—used with a singular antecedent to refer to an unknown or unspecified person
(単数先行詞と共に、特定ではない、またはわかっていない誰かについてさすときに使う)

Merriam Webster"They"のページ

例:An employee with a grievance can file a complaint if they need to.
(苦情のある社員は必要ならば苦情の申し立てをすることができます。)


○○な社員というとき、その社員が誰であるかまでは特定されていない。特定の誰か(上記の例なら「苦情のある社員」)を指してはいるものの、その人についての情報がないとき、ある程度一般化されているとき、単数でもTheyを使う。このケースも比較的古くから使われている用法だ。前述の例と似た使い方ともいえる。

このように、単数Theyが使われているからと言ってその人のジェンダーアイデンティティがノンバイナリーであるというわけでもない。むしろこちらのほうが古い使い方なのだ。

後述するノンバイナリーな人称代名詞にTheyが定着したのも、Theyがもともとそういう使われ方をしてきた歴史があって英語話者にとって取り入れやすかったという背景はあるのだろうと推察される。

用法3-意図的に性別を明かさずに誰かを指す-

c—used to refer to a single person whose gender is intentionally not revealed
(単数の人について言及するとき、意図的にその人の性別を明かさない時に使う)

Merriam Webster"They"のページ

例:A student was found with a knife and a BB gun in their backpack Monday, district spokeswoman Renee Murphy confirmed. The student, whose name has not been released, will be disciplined according to district policies, Murphy said. They also face charges from outside law enforcement, she said.—Olivia Krauth
(地区広報担当のRenee Murphyは、月曜日に生徒がバックパックにナイフとBBガンを入れているのを発見したことを確認しました。マーフィー氏によると、この生徒は名前が公表されておらず、地区の方針に従って処分されるとのことです。また、”They”は外部の法執行機関からの告発にも直面すると彼女はいった。
-オリビア・クラウス)

例:We have a new intern starting tomorrow. They will sit next to you.
(明日から新しいインターンが来る。その人はあなたの隣に座る予定です。)

この用法は近年どんどん多くなってきている気がする。言及している人の「性別」が話題にとって必要ないときや、言及しなくてもよい時などは意図的にTheyを使うという事例も増えてきている。

一つ目の例を見てみよう。数人登場人物が出てくるが、文章が長く、用法のTheyの場所がわかりやすいように、訳文にもそのままTheyを入れてみた。

「バックパックにナイフとBBガンを入れていた名前の公表されていない生徒」がTheyで示されている。この記事を書いた人はもしかしたら性別を知っているかもしれない、しかし名前の公表がされていない生徒の性別を書く必要はここでは無い、ということでTheyが登場する。

また、見た目や名前でその人のジェンダーがわかるわけではない。そういう理解も少しづつ浸透してきている。安易に決めつけないよう、その人の代名詞を確認するまではあえてTheyに統一するというケースもみられる。

一つ目の例だと難しいのでわかりやすい二個目の例も用意してみた。明日からくるインターン。その人の性別情報は必要だろうか?いらない時はこうしてTheyにしたり、その人に使う代名詞をまだ確認していなかったりするとTheyにしたりする。

用法4-ノンバイナリーの三人称単数-

d—used to refer to a single person whose gender identity is nonbinary
(ジェンダーアイデンティティがノンバイナリーである単数の人について言及するときに使う)

Merriam Webster"They"のページ

I knew certain things about … the person I was interviewing.… They had adopted their gender-neutral name a few years ago, when they began to consciously identify as nonbinary—that is, neither male nor female. They were in their late 20s, working as an event planner, applying to graduate school.
—Amy Harmon
私がインタビューをしていた人については…いくつかのことを知っていた…"They"は数年前、男性でも女性でもない「ノンバイナリー」を意識的に名乗るようになり、中性的な名前を選んだ。"They"は20代後半で、イベントプランナーとして働きながら、大学院に出願中だった
-エイミー・ハーモン

 
さて、これが本記事の本題ともいえるノンバイナリーの人の多くが自身の三人称代名詞として使うという意味合いでの用法である。He やSheの様に三人称単数代名詞としてTheyが使われている。これも2019年に追加された用法だが、辞書に載るとは嬉しい変化である。

単数Theyの用法自体は昔からあるとはいえ、古くは相手の性別がわからない時にはHe or She(彼、または彼女)といった文面が良く見られた。しかし、最近はこれがTheyに置き換えられていることも多い。Theyだと一語で性別を特定せずに「誰か」というのを言及できるというメリット、そして「He or She」だとHeでもSheでもない人が含まれていない、という問題を解決できてまたメリット。ということで公式文書などにもHe or Sheの代わりにTheyが採用される場面が増えてきている。

用法3で説明されている「相手の性別を意図的に言わない」といった意識も10数年ほど前はあまり見なかった傾向で、みんな相手の服装や髪型などの見た目から相手の性別を判断し、HeやSheを使っていた人も多い。しかし最近では体感でもTheyの登場頻度が増してきている。
(注:筆者のよく接する英語圏のコミュニティは北米のサンフランシスコに近い場所なので、基本的に性的マイノリティにはフレンドリーな環境である。場所によってはそうでもないエリアもあるかもしれない。)

さて、そういうわけで上記4つが単数のTheyの用法としてMerriam Websterの辞書サイトの"they"のページに載っている使い方である。

単数Theyの日本語訳はどうなる?

And Just Like Thatの記事でも出た話だが、

「ノンバイナリーの人の使う代名詞”They”の日本語訳は何が良いのだろうか?」という話はたびたび当事者や翻訳者の間で上がるが、今回上記の訳文ではそのまま"They"にしておいた。

「”彼”は元来男女が分かれていた言葉ではないのだから彼でいいのでは?」

「いやいや、"彼"にはもう男性のイメージが定着している”彼人(かのと)”なんてどうだろう?」

「”あの人、その人”あたりがいいのでは?」

「カタカナでそのままゼイ?」

「いやいや!」

という具合にいろいろな案が出されてはいるが、何が良いのだろうか?人によっては英語ではThey/Themを使うが日本語では「彼女」のような三人称のほうがしっくりくるなんて言う人だっている。結局のところは本人に日本語で使う代名詞を選んでもらうのが一番良いのだろう。「たかが言葉」と思う人もいるかもしれないが、大事な自分を表す言葉である。それぞれの人の思いを尊重できるように心がけたい。

単数Theyの文法上の扱い

因みに、Theyは単数でも
They is
とはならず
They are
となる。

筆者は「でも、単数なのにTheyだとis にしたらいいのかAreにしたらいいのかわかんないよね!」と英語が第一言語の友達に勢いよく言ったら。

「え、、そこ、、ポイント?それは、、ナチュラルにAreでしょ。。。」

と言われたことがあり、英語が第一言語の人の感覚だとそこは疑問ですらないらしい笑。
考えてみればYouも単数なのにareである。 

まとめ

さて、本記事では、人称代名詞と英語圏で使われている単数のTheyの用法についてを中心にお送りした。
主にノンバイナリーのジェンダーアイデンティティを持つ人に良く使われるTheyではあるが、Theyが使われているからと言ってその人のジェンダーアイデンティティがノンバイナリーであるというわけでもないことは、用法の例を見てると少しわかるのではないだろうか?
とはいえ「ノンバイナリーに使われる」代名詞だという旨が辞書に書いてあるというのはノンバイナリーの人々にとっては心強いことである。

ただ人によっては、いろいろな理由でTheyだとしっくりは来ないと感じる人もいる。実は単数の人称代名詞にはThey, She, He以外にも存在するのだ。

また、実際に生活や日常において、英語圏のノンバイナリーなジェンダーアイデンティティを持つ人たちはどういう風に人称代名詞とかかわっているのだろうか?

次の記事ではそのあたりをもう少し掘り下げてお送りしたいと思う。

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記事執筆者:まる

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