Hvalaセルビア‐41:海外で無賃乗車
そうだ、人の気遣いにすがろう!そう決めて、運転席の斜め対角線上の最前列シートからバスの運転手にテレパシーを送る。
「あなたにユーゴスラビア歴史博物館というセルビア語を発して全く理解してもらえなかった無力な外国人はここに居ます。助けてください」
バスは市街中心地を抜けて郊外の住宅地を走る、走る、走る。
15分ほど経った頃、運転手がバスを走らせながら私に向かって何度か視線を送ってきた。テレパシーは通じていた。
座ったままゴゾゴゾと財布からセルビア札を出して降りる準備をする。
セルビアでは運転手に現金で運賃を支払うシステムが多い。
運転手と目があった。どうやら次のバス停が目的地らしい。
バスがスピードを落とし始めたところでゆっくりとシートから立ち、運転手のそばに歩みよった。バスが止まり、昇降口がカーッと音を立てて開く。
「ティットー?」と尋ねる。
日本語ではチトーと書かれる名も正確な発音は「ティットー」である。
運転手は仏頂面でと二度うなずく。
あらかじめ細かくしておいたセルビア札を差し出すと、運転手は仏頂面のままブルブルッと顔を横に振った。
え?おかしいな、足りない?
私は慌てて緑色の札をもう一枚差し出す。
するとまた、運転手がブルブルッと首を横に振る。
一瞬、心に疑念がよぎる。私は無表情のまま運転手の顔を見つめた。
なんだ、てめぇ、もしかして、ぼったくるつもりか?あン?
運転手が昇降口の向こう側に見える建物を指さす。
私は「ふんふん、分かってる」と言わんばかりに二度うなずき返し、改めてセルビア札を運転手に差し出した。
彼は再び顔を横に振ると、今度は顎で建物のほうを指した。「行け」。
へ?無料なの?そんなハズはないよね?先に降りた人は払ってたもんね?
解せないまま、私はお札を握った自分の手をそーっとひっこめてみる。
運転手は何も言わない。
次は体半身を昇降口に向けて「お金を払わずに降りるよ」と示して見せる。
運転手は再び顎で合図する。「行け」。
促されるように私は昇降口を降りながら、教えてくれたお礼を伝える。
「フヴァーラ!Hvala(ありがとう)」
途端、運転手は口角を上げてニッと笑った。
どうやら運賃を取る気がなかったらしい。
やっと理解できた私は閉まった昇降口に向かって笑顔で手を振った。
運転手は軽く片手をあげて走り去っていった。
※To Be Continued「Hvalaセルビア‐42」へ続く。
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