ボトルの中の木
を描いて、と旦那に言われた木曜の夜。
何を言ってるんだこのイギリス人は。と思ったけど
描き始めたらなぜか心が反応して、
悲しいような、ワクワクするような、でもどちらかというと泣きたいような、妙な気持ちになりました。
ボトルの中には大好きなスパークリングワインが入っているイメージで、その中に「木」。
この木は大きくなれるのかな。
どんどん育ってガラスを割るのだろうか。
それともボトルの型に沿って形を変えていくのか。
もしくは育つことを止めるのか。
「この中が居心地いいから、ここにいたらいいよ。」
「外は暑かったり寒かったりで大変だよ。」
「切り落とされちゃうかもよ。」
そういう声を振り切って、
ぶち割って欲しい。
そんな気持ちになりました。
なんだか自分に言っているみたいです。
「しょうがない」、「自分にはそんな価値がない」
と自分の行動に制限をもうけてしまう癖がありまして。
「セルフサボタージュ」というものですね。変わること、成功することを恐るために無意識に成功や成長を遠ざけること。
何気なく描いていた絵がもたらしてくれた気づき。書くことも、描くことも、やっぱりセラピーですね。
夜通し絵ばかり描いていた中学生までの私が、高校生になってから一切止めてしまい、内なる声に耳を傾けたり、絡まった思いを吐き出す大事な方法を失っていたんだな、と今思い知りました。
年頃というのもあったけど、そのころから自分の可能性は無限ではないと思うようになっていたかもしれません。
幼いころはなんだってできそうな気がしてたのに。
noteがきっかけでまた絵を描き始め、こんなふうに入り混じった気持ちに気づけて、今日もまたnoteに感謝。
もちろん、こんなランダムなお題を与えてくれた旦那にも心から感謝。
先に寝てしまったので、出来た絵は明日提出します笑
どんなコメントをいただけるかな。
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