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ママの学び。

2019年。
本当なら長女となる子の
遺骨の場所を探し当て、
ようやく見つけたのは近畿の端だった。
願主が元夫で、
元夫でしか私に願主権利移譲できないので
権利放棄の連絡を取りたいのに
連絡先が分からず、誰も教えてくれず
私の娘の小さな骨は
思い当たる節を全て
電話をかけまくるところから始まり
神戸からは程遠い岬の安置所に眠っていることをようやく突き止めた。
もう少しで「願主不詳」として
無縁仏扱いされる手前であり
その場で事訳と身分証を提出。
娘の遺骨は私の元へと戻ったのだ。

しかし
そのあと、当時の夫から
とてつもない裏切りと慟哭を味わった。

大事には小瑞なしと言うが、まさに霹靂だった。

あれから4年が経つ。

どれほど泣いただろう。
自分を責めただろう。

恨む気持ちも無かったとは言えない。

しかしたくさんの方に支えられた。

親友を始め、本当に私自身を支えてくれた有難い方々に感謝してまた落涙。

振り返れば思うのだが

親友が私に言った言葉で「それがアンタの学びなんやで」と言うのがあった。

安易に人を傷つけてはいないか、安易に人生を考えてはいなかったか。

人を自分の犠牲にしていなかったか。

幸せは他者の不幸の上には成り立たない。

道理として、この世の理として、そう感じる。

私もまた誰かを傷つけていることの可能性。

振り返りは大事だ。

深淵に飲み込まれそうな精神の中、そして闇だけで暁に届かないような毎日の中。

それでも生きていくということ。

それでも生きる意味は、

この慟哭が自分の未来の糧になることを信じることだった。

他者に依存せず、自分のみを、よすがとして生きるというのは寂しい響きを感じるが

自分が一人で立つという強さがあってこそ

誰かを守れるのだ。

誰かを愛することに責任が持てるようになるのだ。

ようやく気付かせて頂いた道理。

私と元夫を引き離したのは
長女、キミだったのかな。
ママを精一杯守ってくれたのかな。
あのまま一緒にいると
本当に危ない目に遭って
生命も危うかったかもしれない。

ありがとうね、響。

まだ歩く。

明日という未知の軌跡を信じ抱きしめて

自分の道を歩いて行こうと更に決意する。

元夫へもありがとう。

貴方のおかげで強くなれました。

どうか貴方の求める幸せへ歩いて下さい。

学びをありがとう。

暁はまだ遠く

仄白く
藍を破る輪郭を感じるだけではあるけれど

誰かを幸せにできる自分へ、
その幸せを自分の幸せと感じられる
輪廻を抱きしめながら

自分の存在の原点へ。

そばに居る数々の笑顔と手の温もりを

逝ってしまった数々の笑顔を胸に

今日も明日も 歩いて行こうと思う。