【FF14】ウルダハではいつものこと【創作】

「ドロボーッ!!!」

 サファイアアベニュー国際市場にけたたましく響いたそれは、買い出しをしていたニグラスとブランカスの耳にも聴こえた。

「ニグラス」

 ブランカスはニグラスに声をかける。そわそわしている様子が伺えるが、普段から彼女のことよく見ている人物でないとわからないだろう。ニグラスは、もちろん察していた。

「……行かないぞ」

 ニグラスは額に手をあててフゥッとため息をついた。

「困ってる人がいるかもしれない」

 ブランカスがよりそわそわする。

「買い出しが退屈なのはわかった。俺はあとから行く。捕まえるだけだ、何もせず待っていろ。いいな?」
「わかった」

 最後まで話を聞いたのか疑わしいほどに、彼女はふたつ返事で走り出した。ブランカスはとにかく身体能力が高く、走るのも驚くほど早い。ヒトの影から影へ飛び移っているようにも見える。二度ほど瞬きをしただけで、もう見失ってしまった。

「まるで獲物を追う狼だな……」

 ニグラスはそう呟いて、自身の用事へ戻る。

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 盗みを働いたのは、どうやらララフェル族のようだ。ララフェル族は小柄な種族で、見ただけでは大人か子供か見分けがつかない。なにか事情があったのか、はたまたここウルダハでは日常茶飯事なだけなのか、少し話を聞いてから不滅隊に引き渡すべきか……。

 ララフェル族は路地裏を走り抜ける。思いのほか手慣れているようで、あらゆる障害物をくぐり抜け、こちらへ箱を倒すなどの牽制をする。ブランカスはそれをひらりひらりとかわし、速度を落とすことなく追いかける。
 走る速さは相当なもので、なかなか追いつけない。ブランカスも、徐々に追いかけていることそのものに楽しみを見出しはじめていた。自分が追いつけないほど速く走る者を全力で追いかけるなんて、あまりできない経験だ。自然と笑みが溢れる。興奮していることを自覚する。

 永遠に続くかと思われた追いかけっこだが、裏路地からメインストリートへ繋がる狭い道でララフェル族が立ち止まる形で決着した。どうやらニグラスが先回りしていたようで、彼の大きな体躯で道が塞がれ、立ち往生となってしまったようだ。

 ララフェル族は肩で大きく息をしながら、その場にぺたりと座り込んだ。ブランカスも肩を上下に揺らしながら、強く呼吸をする。とんでもない量の汗をかいていた。

「周辺の道を洗い出して、恐らくここからまた人混みに紛れて逃げるとは思っていたが……まさかブランカが追いつけないとはな」

 ニグラスがララフェル族の首を後ろから掴み、持ち上げる。初めて顔を見たが、まだ若そうな、少年といったところだ。

「このまま何も聞かずに不滅隊に差し出してもいいが、知性ある生命体として理由は聞いておいてやる。不滅隊には顔が利く、理由次第では進言してやってもいい」

「…………」

 少年は、ニグラスの顔を睨みつけたまま黙る。

「……話す気がないなら、ただの窃盗として不滅隊行きだ。情けをかけたつもりだが、不要だったか」

 ニグラスは呆れた様子で踵を返し、少年の首根っこを掴んだままメインストリートに向かって歩きだす。

「まっ、てくれ、ニグラス」

 まだ整わない息の中、ブランカスが声を上げる。

「ああ、すまん。ブランカは少し休んでから……」
「違う、そうじゃない」

「そいつ、言葉がわからないんじゃないか?」

 ニグラスはハッとする。このララフェル族の少年は、不自然なまでに声を出さない。

「そうなのか?」

 少年を持ち上げたまま顔を覗き込んで声をかけた。少年はなおもニグラスを睨みつけ、しかしやはり声をあげなかった。

「なんとか言ったらどうだ」

 ニグラスは呆れ混じりに空いている片手で少年の両頬を挟み込む。少年はうめき声をあげながら多少の抵抗をする。

「声は出せるようだな。なるほど、大した教育も受けられずに盗むことで生きていたというところか」

 ようやく息が整ったブランカスが、ニグラスのすぐそばまで歩み寄る。

「不滅隊に突き出したとして、罪を償うほどの生き方ができるだろうか。仮に許されて戻ってきたところでアテはあるのか?」

 ニグラスがさらにため息を漏らす。

「そんなこと言い出したらキリがない。このウルダハには大人子供問わず難民が多い。イレギュラーを受け入れると、その他大勢の面倒を俺達が見ることになる。こいつの未来はこいつが選ぶべきだ」

 ブランカスは遮るように返す。

「だが、こいつは言葉をもたない。選べるはずの未来も、選べないんじゃないのか?」

 ニグラスはほんの少しだけ苛立ちを見せる。

「あのなぁ……俺達がそこまでやる筋合いはないって話をしているんだ。どうしたんだブランカ。そんなに思い入れるほど、こいつに何があるっていうんだ?」

 ブランカスは少年の顔を見る。少年も、言葉の意味を理解しているのかはわからないが、神妙な面持ちでブランカスを見返す。

「こいつは足が速い。私が追いつけなかったのは初めてだ」

 ニグラスは言葉の真意を探る。

 ブランカスには才能がない。全てを努力で解決してきた。ただ、がむしゃらに、ニグラスのためにその全てを捧げていると言っても過言ではない。それはニグラスも理解している。彼女にとって、身体能力が高いのはアイデンティティとも言える。
 それと比べ、この少年は恵まれた教育や管理もなしに、ブランカスと同等の身体能力を有しているのだ。

「こいつの才能は、きっと誰かを助ける。ニグラスがそうだったように」

 自身の境遇を引き合いに出されると、ニグラスも強くは出られない。ニグラスこそが、自身の才能を活かして今の地位を勝ちとり続けているからだ。重ねて、今のニグラスにとってブランカスの存在はとても大きい。少年にもその立場の者がいれば、という話なのだ。
 ブランカスの意志は揺るがないか……。

「……わかった。だが、どいつもこいつも養うつもりはない。とりあえずこいつだけだ。いいな?」
「わかった。ありがとうニグラス」

 ララフェル族の少年は終始困惑していたが、どうやら自分が不滅隊に引き渡されないことを察し、安堵の顔を見せた。

 その後、少年が窃盗した店へ頭を下げに向かい、盗んだ商品分の金を払うことで円満解決となった。
 次にサファイアアベニュー国際市場へ戻り、とある窓口で手続きを行う。その間、ララフェル族の少年は借りてきたクァールのように大人しくしていた。

「ニグラス、何をしているんだ?」

 ニグラスはなにかの書類へサラサラと記入している。

「こいつを囲うための手続きだよ。どうせ家族も住むところもないんだろう?」

 ララフェル族の少年は、話すことはできなくてもこちらの言っていることはなんとなくわかるようで、ニグラスの問いかけに対して恐る恐る頷いた。

「ただ養うのは難しい。私達も冒険者として定住しているわけではないからな。だから、お前を雇う」

 ある程度の功績が認められた冒険者は、使用人――リテイナーを雇うことが認可されている。自分ひとりでは管理しきれない荷物を預けて管理を代行してもらったり、必要な素材を取りに行くよう指示をしたり、雇い主によって仕事は様々だ。
 リテイナーとして雇うことで、その扱いは冒険者とほぼ同等になる。冒険者としての登録ではないため自主的にギルドから依頼を受けることはできないが、冒険者の使用人として冒険者ギルドへの出入りは可能となる。モモディに話をつけておけば、恐らく宿屋の使用や衣食住も問題ないだろう。

「で、登録には名前が必要なんだ。お前、名前くらい名乗れないのか?」

 ニグラスがしゃがみこんで少年と目線の高さを合わせる。少年はきゅっと口を閉じたまま、少しうつむく。

「名前もないのか」

 優しい声色でニグラスが問うと、少年はゆっくりと頷いた。

「……グリザ」

 ブランカスがつぶやいた。

「私達の故郷の古い言葉で、"灰色"を表す言葉だ」

 ニグラスが口角を上げる。
 ララフェル族の少年は灰色の髪と瞳を持つ。確かに、灰色だ。

「なるほどな。では、私達に揃えて"グリザス"はどうだ?」

 少年はわけもわからず、といった表情だが、恐らく初めてであろう他人からもらう無償のなにかに喜びを隠しきれない様子だ。

「よろしくな、グリザス」

 ブランカスも、少年――グリザスと目線を合わせるようにしゃがみこむ。微笑みかけると、緊張の糸が切れたのか、灰色の瞳に涙がたまる。

「お前は私達の使用人というていなんだ。しっかり働いてもらうぞ。荷物持ちくらいはさせてやる」

 ニグラスが立ち上がって、残りの手続きを済ませる。

「それから」

 ニグラスは目線だけをこちらに向けて、ニッと笑う。

「お前に言葉を教えてやる」

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