【FF14】護りたいもの【創作】

 「暁」の賢人たちがひとり、またひとりと自己を犠牲にして自分たちを逃している状況に、ニグラス自身も焦りを覚えていた。自分に未来を見出し、全てを託されていく。頼られるのは慣れているとはいえ、ここまで他人と、自分の命を重く感じたことはなかった。
 どこで気付けただろうか。どこで止められただろうか。絶対に覆らない現在は、どこかで変えられるきっかけがあったのだろうか。無駄とわかりつつも、身に起きたことを思い返しては後悔や自責に苛まれる。

 地下水道を足早に移動しながら考えごとをしていると、周りへの警戒が疎かになる。奥から聞こえていたはずの足音に気付かず、曲がり角を曲がったところで死角になる位置から刃が飛び出してきた。自分の命はさも簡単に失われるのだろう。ここまでくると悟りだ。もう限界なのかもしれない。ここで、終わろうか。

「ニグラス!!!」

 自分の後ろを走っていたブランカスが飛び出してくる。自身よりも大きな体躯であるはずのニグラスを突き飛ばし、飛び出してきた刃とニグラスの間に割り込むように入る。
 ニグラスが見たのは、目の前のブランカスの背中から鮮血を纏って現れた鉄の塊だ。ブランカスはひるまず、刃を突き出してきた銅刃団の男の頭を咄嗟に抱え込み、思い切りひねる。不快感のある骨が砕ける音が響き、銅刃団の男はその場に倒れ込んだ。首の骨が折れ、絶命しているようだった。

「ブランカ……!?」

 ブランカスの右肩を貫通している剣を、ただ眺めることしかできないニグラス。ブランカスは荒く呼吸をし、剣を抜こうと柄に手をかける。数センチ引き抜いたところで、堪えきれずうめき声をあげ、ブランカスは膝をついた。

「どう、して、ブランカ……」

 ニグラスはいま自分が見ている光景が信じられない。彼女は死ぬのか?
 ブランカスはなおも剣を抜こうとする。肩から血が流れ、彼女の全てが紅く染まる。

「逃げ、ろ」

 か細く、しかし確かな声色でブランカスはそうつぶやいた。

「駄目だ、ブランカを置いていけない!!!」

 ニグラスはブランカスの顔を覗き込み、背中に手をあててやる。彼女の身体は震えており、顔色もみるみる悪くなる。

「私は、足手まといに、なってしまう……暁のみんなの決意を、忘れるな」

 ブランカスは力を振り絞り、ついに剣を抜く。大量の血がどくどくと脈打ち、流れる。それを止めようとニグラスが手で抑えるが、容赦なく流れ出る。力なくその場に倒れ込むが、ニグラスがそれを抱き留める。

「嫌だ、ブランカ、死ぬな!!!」

 ブランカスの意識はすでに朦朧としているようだった。血を流しすぎている。

「ニ、グラス……、生きてくれ、生きて……」

 彼女の金色の瞳が曇っていく。

「ブランカ、ブランカ、頼む立ってくれ……!!」

 ニグラスはブランカスの胸に顔を埋めて、強く抱きしめる。身体が冷たくなっていくのを感じる。

「生き、て」

 ブランカスが、乾いた唇を小さく動かす。

「駄目だ、どこにもいかないでくれ……!!!」

 エーテルになど還すものか。ニグラスは、必死に漏れ出た分の補填として、自身のエーテルを注ぐ。空っぽになどさせない。治癒術の正しい技術は持っていないが、以前にヤ・シュトラが使っていた治癒術や、本で見たことを見様見真似で試す。
 お世辞にもうまくいったとは言えないが、血は止まり、傷口も表面だけでも塞がったように見える。しかし、強くは動かせないし、意識も戻らない。身体は冷たいままだ。呼吸はしているが、浅く、小さい。

「絶対に離れない。絶対に」

 ブランカスの身体を抱き上げる。しっかりと抱き締める。ここまで走り続けて、足も震えている。だが、ここで止まれない。
一心不乱に水道を走り抜ける。

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 外に出た。中央ザナラーンのようだ。
 ウルダハの動乱がここからでも聞こえてくる。自分たちを探しているのだろう。
 まずは一刻も早くブランカスを休ませてやりたい。

 アルフィノとの合流に成功し、ブレモンドやピピンの協力もあり、ある程度離れた位置まで一気に移動することができた。アルフィノ曰く、オルシュファンであれば協力してくれるのではとのことで、急ぎキャンプ・ドラゴンヘッドへ向かう。
 クルザスの気温は、今のブランカスには危険極まりない。今ほど、自身がロスガルで良かったと思ったことはない。彼女の体温を逃さぬよう、布や衣服で包んでしっかりと抱え込む。長く抱え続けて、腕も足もおかしくなっている。ただ、ニグラスにとっては、そんなことはどうでもいい。

 オルシュファンへ事情を説明すると、快く受け入れてくれた。ブランカスのために、暖かい部屋とベッドを手配してくれた上、治癒術を専門とする自身管轄の人員を数名寄越してくれた。
 その者ら曰く、山は超えており、目を覚ますのを待つ段階だという。応急処置の質を褒められたが、ただがむしゃらにやったのでもう一度やれと言われると不可能だと、ニグラスは思った。

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 ブランカスが目覚めないまま、数日が経った。
 アルフィノや、合流したタタルとは、ブランカスが目覚め次第イシュガルドへ移動する方針で話がまとまっている。
ニグラスは毎日献身的に看病し、必要であれば身体を拭いてやったり、着替えをさせてやったりしていた。

 彼女の身体を見るたび、傷だらけであることに気付かされる。自分よりも"死"を身近に感じていたのではないかと思う。
 肩の傷はすっかり塞がったが、見事に跡が残ってしまった。自分のせいで彼女の身体に跡を残してしまったのは、これで2回目だ。

「……ブランカ。まだ戻ってこないのか?」

 ニグラスは、ブランカスの頬を優しく撫でる。以前よりはかなり顔色も良くなった。呼吸も規則正しく、本当に眠っているだけにも見える。

「俺は、ブランカがいないと寂しいよ」

 ベッドの横に添えられた椅子に腰掛け、ブランカスの手を握る。自分と比べると小さい手だ。

「イシュガルドに行くことになったんだ。みんなブランカを待ってる。だから……いや、違うな」

 ニグラスは、ブランカスの頭を撫でる。

「俺にはブランカが必要なんだ」

 自身の手からブランカスへエーテルを流し込む。気休めだろうと、ブランカスの活力になるなら試さない手はない。

 やはり無駄か、と、ブランカスの頭から手を離したとき、彼女のまつ毛が揺れたように見えた。見間違いかもしれないと思うが、彼女のことで見間違えるはずがないと自分に言い聞かせる。
 すると、ゆっくりとブランカスの目が開く。待ちわびた、獅子とも思える金色の瞳だ。

「ニグラス……?」

 ブランカスがニグラスの顔を見て、そう声を出した。ニグラスは何も言わずに、ブランカスの腕を引き、抱き締める。

「わ……っ、どうしたニグラス……?」

 ブランカスはわけもわからず、ニグラスに身を委ねる。ぼんやりとした意識の中で、彼の体温と鼓動を感じていた。そしてニグラスもまた、ブランカスの体温と確かな鼓動を感じていた。

「……おかえり、ブランカ」

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