【FF14】詐欺にご用心【創作】

 世話になった冒険者ギルド――クイックサンドの女将・モモディ曰く、ウルダハという場所は金が全てとのこと。この地で成り上がるためには、とにかく金だそうだ。騙し、騙され、結果的に得をしたほうが上の存在、という世界なのだ。
 金には困ったことはないが、別に裕福であったわけではない。恐らく自分が金や生活の質を上げることに無頓着なだけである。

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「ブランカ、悪いんだけど買い出しを頼まれてくれないか?」

 冒険者ギルドから支給された宿屋の一室にて、故郷を共に飛び出し、今では冒険者として生活を共にしている相棒――ニグラスに声をかけられる。今日は冒険者業は休みにして、ニグラスの研究の日としている。ニグラスが研究と称して見聞きしたことを本にまとめたり、思いついたことを実践するために草花や薬を調合する時間だ。
 私は特に何もしない。ただ楽しそうなニグラスを後ろから眺めていることが多い。
 ちなみに、私の名前は「ブランカス」だが、ニグラスは親しみを込めて「ブランカ」と呼んでくれる。私はとても気に入っている。

「構わない。何を買ってきたらいい?」

 座っていた椅子から立ち上がり、ニグラスに歩み寄る。ニグラスはその大きな手で器用に筆記具を握り、紙にさらさらと文字を書いている。

「ここに書いてある通りに買ってきてほしい。店の人に見せればわかると思う。金は、俺の財布を持っていってくれ」
「わかった」

 紙を渡されるが、内容は確認しない。どうせ私が確認してもなんのことだかわからない。素直に店の人に見てもらい、要求された金銭を渡すだけで良い。

「知らない奴に着いて行くなよ」
「善処しよう」

 ニグラスから財布を渡され、その足で扉をくぐり外へ出た。

 ウルダハの空気は乾燥していて、少し肌がひりつく。今日は天気もよく空が眩しい。
 故郷にいた頃は、用事がなければ外に出ることもなかった。天気を気にしたこともなかったかもしれない。ただ毎日をなんとなく過ごしていた。改めて思い返すと、故郷にいた頃のことはあまり覚えていない気がする。
 大切なのは今だと思う。まずは目の前のお使いをコンプリートしなければ。

 店が立ち並ぶマーケットにやってきた。ここはいつも賑わっていて、人の声が四方八方から聞こえてくる。故郷は田舎であったな、と感じる。
 頼まれたものが何かは詳しく把握していないが、とりあえず薬屋の店主に見せればわかるだろう。

「いらっしゃい、お姉さん!何をお探しで?」
「これに書いてあるものがほしいんだ」

 ニグラスから預かったメモを店主に見せる。店主は上からまじまじと眺め、納得した様子で足元の棚を引っ掻き回しはじめた。出揃うまでその場で立ち尽くす。

「あー……済まない、これだけいま品切れだな、それ以外はあるんだが……」

 店主が申し訳なさそうな顔でメモの一番下を指差す。それが一体何なのかは相変わらずよくわからないが、無いものは仕方ない。一旦帰ってニグラスに事情を説明しよう。

「お嬢さん、それならうちで安く取引してるよ」

 店主からメモを返してもらったところで、間に入り込むようにハイランダーの男が割り込んできた。

「本当か?良ければ買わせてもらいたいんだが」

 ニグラスのメモを折りたたみ、懐にしまう。ハイランダーの男はかけている色眼鏡をくいと上げ、にっこりと笑った。

「ああ、もちろん構わないよ。普段はお得意様にしか商売はしないんだが、お嬢さんは運がいいね。店はこっちだから、ついておいで」

 男は踵を返し、マーケットの奥へと歩いていく。はぐれないようにそそくさと後をつける。ラッキーだった、ニグラスをガッカリさせずに済む。

 少し薄暗い路地裏まで案内される。このあたりは貧民街で、貧しい身なりの人々が太陽を避けて生活しているように見える。

「お嬢さん、ウルダハの生まれじゃないね?」

 男は立ち止まり、急に話しかけてきた。

「ああ、そうだ」

 正直に答え、私も立ち止まる。

「クイックサンドのモモディは、ウルダハがどんなところか教えてくれなかったのかい?」

 男は急に振り返り、私の腕を強く引いた。特に命の危険は感じなかった為、一旦はされるがままに受け入れる。男は私の腕を引くと突き当たりの壁と自分の身体で私を挟み、逃げられないようにもう片方の腕も強く掴んだ。男は手慣れているようで、素早く片手で私の両手首を掴み直し、私の頭の上で拘束した。

「このウルダハではねぇ、女ってだけで男と金が寄ってくるんだよ。最近溜まってるんだ、相手してもらうぜ……」

 冷静に周りの様子を伺う。目に入る範囲に身なりが貧しい女や子供がいるが、我関せずといった様子であたふたと離れていく。誰かが助けに入り込むことはなさそうだ。何を要求しているのかよくわからないが、こいつの用事に付き合うか、断って自力で抜け出すしかない。

「人を待たせているんだ。お前の用事はどれくらいで終わる?」
「さぁてね、アンタが"良ければ"時間がかかるかもな?」

 なんとも具体性に欠ける回答だ。だからニグラス以外と会話をしたくない。ニグラスは余計なことは言わないし、私に分かるように説明してくれる。
 私が腑に落ちない状態でいると、男は私の胸を強く掴んできた。なるほど、用事とはそういうことか。

「悪いが、私はその手のことは詳しくない。他を当たってくれないか?」
「正気か?アンタ、世間知らずにもほどがあるぜ。この状況で逃がすと思うか?」

 この男はどうしても私がいいらしい。だとしても、ニグラスに頼まれた買い出しも終わっていない上、帰る時間もハッキリしないのであれば、この誘いを受け入れるわけにはいかない。
 男は夢中で私の服をたくし上げ、褐色の素肌を撫で回している。私は男の息遣いをよく観察する。呼吸のテンポを把握し、息を吐ききったタイミングで膝を下腹部に入れられそうだ。あと3往復したら動こう。そう決めたとき――。

 男の汚いうめき声が響く。
 どうやら背中が燃えたようで、男の肩越しに赤い炎が見えた。熱気と、布が燃える匂いがする。男は大きく飛び跳ねる。私の両手も開放され、自由となった。
 路地の奥には、ニグラスがいた。男の背中を燃やしたのはニグラスの魔法だっだようだ。
 男が唸りながら立ち上がり、振り返るとニグラスと目があった。ニグラスの大きな体躯と薄暗い中に浮かぶ2つの月のような目に心底仰天したようで、情けない悲鳴を上げてどこかへ走って行ってしまった。

「ブランカ」

 ニグラスはこちらに歩み寄りながら声をかけてくれた。

「ごめんニグラス。お願いされたもの、全部は買えなかったし、結果として知らない奴に着いていってしまった」
「違う」

 目の前まで来たニグラスは、たくし上げられた私の衣服を優しく戻してくれた。

「俺が悪かった、本当にすまない」

 ニグラスは真っ直ぐ私を見て、とても小さい声でそう言った。

「なぜニグラスが謝る?」
「……今日は、謝らせてくれ」
「む……。わかった」

 理由はよくわからないが、ニグラスの謝罪を受け入れることにした。
 この日以来、ニグラスは私に買い出しを任せてくれなくなった。

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 翌日、冒険者業に勤しむためクイックサンドに訪れたとき、ニグラスの様子が変だとモモディに指摘され、何かあったのと聞かれたときにこの話をした。

「それって……あらあら、ブランカスはとっても天然さんなのね?」

 と、なぜか嬉しそうだった。

「む。天然、の意味がわからない」
「可愛らしいわねって意味よ。ニグラスにとって、ブランカスはとっても大切な人なんじゃないかしら」
「私にとっては、ニグラスは大切だ」
「やだぁ、あてられちゃった?」

 モモディがはしゃぐ。よくわからないが、楽しそうなのは良いことだ。

「モモディ!ブランカに変なこと吹き込むんじゃない。行くぞブランカ」
「ああ。じゃあモモディ、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」

 そう言ってモモディはいつも通り小さく手を振る。いつにも増して嬉しそうだった。クイックサンドを出て、中央ザナラーン方面への門をくぐったとき、ニグラスが話しかけてきた。

「モモディと何を話していたんだ?」
「ニグラスが大切だという話だ」
「は……はぁ?」

 細かいことはよくわからないが、私はニグラスと一緒にいられる今が一番好きだ。

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