【FF14】ヒトでありつづける為に【創作】

 夜、ブランカが「少し散歩をしてくる」と言って出かけて行った。夜と言ってもそんなに遅い時間でもないし、問題ないだろうと特に引き留めなかった。私もそうだが、ひとりになって考えを整理したりする時間は必要だ。常に一緒にいる必要はない。

 しかし、帰りが遅い。いつもなら床に就く時間になっても、彼女は帰ってこない。さすがに心配になり、上着を羽織って宿屋を出た。フロントにいた案内人に「いってらっしゃいませ」と声をかけられたので、軽く会釈だけした。

 ウルダハの夜は肌寒い。さすがは砂漠と痛感する。ブランカは上着を持って出たのだろうか? 合流したら暖かい飲み物でもいただいてから眠るのが良いだろう。
 サファイアアベニュー国際市場までやってきたところで、聞き込みに頼ることにする。

「ブランカスを見かけなかったか?」
「ニグラスじゃないか。相方とはぐれたのか?」

 世話になっている薬屋のララキヤ氏に声をかける。

「ひとりで出かけたきり、まだ帰ってきていないんだ」
「そうか。ブランカスの嬢ちゃんならさっきザル大門の方へ歩いて行くのを見たような気がするなぁ。如何せん、夜でも人通りはそれなりにあるもんでねぇ」
「ありがとう。探してみよう」

 ザル大門に向かったのであれば中央ザナラーンまで出たのだろうか。何か用事があったのか、聞けばよかったと思いつつも少し踏み込みすぎかと肩をすくめる。
 中央ザナラーンに出て、辺りを見回した。夜の空気が鼻を伝って肺を冷やす。天の果てまで星空が続いている。やけに明るく感じるが、月は出ていない。今日は新月だったようだ。そう遠くない岩場の上に、見慣れた白髪を見つけた。ブランカだ。彼女は岩場に座って空を見上げていた。何かを探しているのだろうか。

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「帰ってこないから心配したぞ」

 そう声をかけて、隣に座る。

「ああ、ごめん」

 ブランカはこちらを見ずに返事だけした。なにか用事があったのか聞こうとしたが、聞かずにこのままそばにいてやるほうがいいのかと考えてしまう。私はブランカを探すことを目的としており、いざ発見するとどうするか決めていなかった。寒いから帰ろう、用事があるのか?私が手伝えることか?何を聞いて何を聞かないべきなのか、なるべく顔に出さないように考える。

「月を、」

 私の思考を遮るようにブランカが口を開いた。

「月を探していたんだ」

 月?
 ブランカは未だ星空に釘付けで、私を一切見ようとしない。

「今日は新月だ。月はないぞ」
「新月でも、なくなるわけじゃないだろう」
「そうだが……新月を見つけるのは現実的でない」
「……それでも、見つけたいんだ」

 ブランカがなぜここまで月にこだわるのかわからないが、彼女は新月を探しているという。

「どうして?」

 理由を問いかけたが返事はない。私の質問を無視するとは思えないので、ブランカの顔を見ると、驚いた。まるで生気が抜けたような呆然とした顔で、瞬きも忘れひたすらに星空を見上げているのだ。薄暗いのでわかりにくいが、顔色もあまり良くないよう見える。

「おい、大丈夫か?」

 少し強めに声をかけるが、やはり反応がない。肩を掴んで少し揺さぶる。

「ブランカ!」

 ブランカはハッとして、私を見る。今日は彼女の瞳がより強く金色に見える。

「……ああ、」

 ブランカが声を絞り出す。目が合うなり、それを細めて軽く微笑んだ。

「こんなに近くにあったんだな」
「……なにが?」

 ブランカが私の頬に手を添える。顔が近い、耳が熱い。

「月だよ」

 そう言って、私の首筋にすぽりと頭を入れた。ブランカの身体はすっかり冷たくなっている。どうするのが正しいのかわからないが、自身の体毛で暖を取ってもらうのが手っ取り早いかと思い、両腕で彼女の身体を抱き締める。自分と比べるとずっと華奢だ。

「……あったかい……」

 ブランカはそう言って、なお私の身体にうずくまるように潜り込む。お互いの鼓動を感じる。

「今日のブランカは変だな」

 頭を撫でるようにぽんぽんと触る。

「私は狼だから、月を見ないとヒトでいられないんだ」

 冗談だろう?と思うが、今は茶化す気にはなれなかった。

「じゃあ、ヒトに戻った記念で文明のある屋根の下で休もうな」

 ブランカがくすくすと笑う。

「そうだな」

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 宿屋につくなり、ブランカは昔の話をしてくれた。
 ブランカとは同郷だが、幼い頃はほとんど関わりがなかった。それどころか、かたや神童、かたや落ちこぼれと比較される関係だった。

「両親や集落のみんなからの冷たい扱いに対して平気な顔をするのは得意だったが、いつまでも平気だったわけじゃなくてな。もう駄目だって思ったとき、月を見ると不思議と落ち着いたんだ」

 精神的に参ってしまったときは、夜な夜な月を探して心を落ち着けていたとのことだった。

「じゃあ、今日はそんなに辛かったのか?」

 気付いてやれなかった自分がもどかしいが、ヒトの心なんてのはそうそうわかるもんじゃない。特にブランカは隠すのが上手い。

「積もり積もってというやつだ。最近は、ずっとニグラスと距離を感じていたからな」
「距離?」

 ブランカは手に持ったマグカップをテーブルに置いて、窓の外を見た。

「恥ずかしい話なんだが、最近は色々な人がニグラスを頼る。なんというか、私から離れていく感覚があって……それがなんだか、嫌で……」

 ……それは…もしかして、

「嫉妬、か?」

 ブランカはきょとんと私を見るが、意味を理解すると口元をきゅっと締めて少しだけ目を見開いた。

「嫉妬……なるほどな」

 言葉を噛み締めると、軽く息を吐いて乾いた笑いをこぼす。

「ははっ、そうか、嫉妬か。そうかもしれない」

 ブランカが自分の頬を掻き、恥ずかしげに口を緩めた。

「私は、ヤキモチを妬いていたんだな」

 私は額に手を当てて、深くため息をつく。

「あまり心配させないでくれ……」
「ごめん。集落にいた頃には、こうはならなかったのにな」
「……まあ、俺がブランカに"どう"思われているかはわかったよ…」

 空のマグカップを持って立ち上がる。ブランカが使っていたマグカップを見ると、こちらも空になっていたので持ち上げる。

「片付けてくるよ」
「ありがとう」

 部屋の外に出る扉に手をかけたところで、ブランカをちらりと見る。ブランカは、その黄金色の瞳を少し輝かせてこちらを見ていた。先ほどよりは、金色が淡くなったように見える。

「どうした?」

 用事があるのかと声をかけるが、ブランカは首を軽く横に振る。

「いや、なんでもない」
「そうか」

 私は扉を開け、外に出る。扉を閉めたところで、自分の鼓動がいつもより早いことに気付いた。

 いや、気付かないことにした。

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