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ASD女性当事者から見たカサンドラ症候群の問題点

一部加筆修正しました(2023.09.02)

私は2年前にASD診断を受けたゆとり世代の女性(既婚)です。
当時は職場の人間関係に悩んでいて、社会不安障害も一緒に診断されました。
医師が晴れやかな笑顔になるほど典型的なASD傾向ですが、今は職場環境が変わり心身ともに問題なく過ごしています。

診断前後はTwitterで「カサンドラ症候群」というものを知り、他人事ではないと思いしばらく調べていました。
「夫や関わる人をカサンドラにしてしまうのではないか」という不安や、人との関わりで誤解され無駄に疲弊することを避けたいという思いでした。
でも、最近はもうカサンドラさんはどんどんミュートかブロックしています。
個人の感想ですが、カサンドラさんの意見をいくら読んでもASD当事者のためにはなりません。
一つ目の理由は、ほとんどはASDについての話ではない(事実ではない)からです。
二つ目の理由は、以前の記事にも書いた通り、差別的で不健全な概念(たとえ事実だとしても倫理的に問題)だと思うからです。
なお、この記事の内容は多くはgumさん(https://x.com/mmm18732882)の問題提起を元に調べたり考えたものです。
また、「カサンドラ概念に救われた」という方の経験を否定する気はありません。言葉の存在そのものではなく、第三者のとらえ方について疑問を投げかけています。
ASDの理解者としてではなく、ASDへの差別用語ととらえるべきではないかと主張します。

一. 事実ではない問題
たとえば
「こんな嫌なことするのは人の気持ちがわからないASDだからだと思う」

「それならうちの夫もASDだ」

「ASDは人の気持ちがわからないからこんな嫌なことをする人だ」

Twitterでは日々この調子の根拠のない循環論法が広がり、偏見がどんどん強化されている状況です。
「カサンドラ症候群」は「ASDのスティグマ発生拡散装置」と化しているように見えます。

以下に「カサンドラ症候群」の疑わしい点を5つ挙げてみます。
①ASD≒男性
海外で提唱された「カサンドラ情動剥奪障害」はASDを男性性の特徴と混同しているようです。これを翻訳したり、参考にして書かれた「カサンドラ症候群」に関する情報は、そもそもASDの理解が間違っている可能性があります。
もし本当にASD診断をされていたとしても、その人の問題行動はASDだからではなく男性だからかもしれないのです。
ASDの配偶者の満足度は正常の範囲内であるという研究もあります。
実際、私の定型の夫にも同じようなエピソードが多数あります。
これはASD女性からするとかなり迷惑な話です。

②ASDのステレオタイプ
Twitterでたびたび、「カサンドラ症候群」を自称するアカウントが
「ASDって傷付くことあるの?」
「ASDって何も考えてないんじゃない?」
などとツイートしてプチ炎上することがあります。こういったステレオタイプは昔からあるものですが、完全に間違っています。
「カサンドラ症候群」を自称する人と、肯定するASD当事者は共通して、ASDに関する事実を全く無視していると感じます。
正直、人間扱いしてないなと感じます。

③未診断
また、そういったカサンドラさんはプロフィールに「受動型ASD(未診断)」などと書いていることがあります。
未診断の人を断定することができるなら、医師も心理検査も要りません。
ASD当事者からすると何の関係もない話も多いです。
カサンドラを「自称」することで問題を相手の「特性」に転嫁できるような構造に問題を感じます。

④他のパーソナリティーの問題
詳しくは語れませんが、他のパーソナリティーの問題も混同されていると思われる事例も多いようです。深刻な被害に遭われているカサンドラさんもいますが、相手が本当にASDなのか疑わしいです。
ASDの人が暴力的であるという正当な根拠はなく、どちらかと言うと暴力の被害を受けやすいという研究があります。
また、明確に殺意を表現するなど、カサンドラさん自身も問題を抱えているように見える例もかなりあります。


⑤ASDの人も人との関係で体調不良になる
カサンドラさんが訴える体調不良は脳科学的には「身体予算(ホメオスタシス)の相互調節」が上手くいっていない状態のように見えます。
実際に異なる脳神経タイプの人の間では特有の苦労がある可能性がありますが、もしそうだとしたらASDの人は生まれつき「カサンドラ症候群」のリスクに晒されています。ASDの人も孤独で幸福度が下がったり健康を害すことがわかっています。身体疾患や二次障害の併発率をみても、本当の「カサンドラ症候群」はASDの人にも多いのではないかと思います。
でもこんなラベルを付けたところで解決に繋がるでしょうか?
くくり方がそもそも適切でないことによる差別が広がってしまわないよう、この用語を使わずに医学や脳科学や心理学の知識を取り入れて、それぞれ的確に表現していくべきだと思います。
定型発達者の「特性」による問題がなかったことになり、ASDの「特性」だけが語られているのも問題です。これについてはまた他の機会に書いてみたいと思います。

カサンドラさんの中にも本当にASDのパートナーを持ち、違いを受け入れられず悩んでいる方も見られます。
そういうカサンドラさんは問題ないのでしょうか?

二. たとえ事実でも倫理的な問題
①差別の発生拡散効果
私の個人的な感覚では、家族の障害などセンシティブな性質について、一挙手一投足をネットで公開して語ること自体に抵抗を感じます。
体感的には万単位の「いいね」などがつくと、全く関わりのない界隈にも届いていて、リアルの知り合いの目に触れていることがあります。
また、「カサンドラ症候群」という言葉は成り立ちからして差別的で、その意味をゼロにすることは難しいと感じます。詳しくはRational wikiを参照してください。https://rationalwiki.org/wiki/Cassandra_affective_deprivation_disorder
差別用語というものは、誤ったイメージを纏っていてそれを使うことでイメージを強化してしまう性質をもつものだと思います。
言葉は実際に感情をでっち上げることがあるし、差別感情を強化することもあります。
「カサンドラ症候群」という言葉を使うことにより「情緒的交流ができないこと、共感し合えないことがASDの周りのみで起こる」という誤った認識が強化され、ASDの人の排斥や自己スティグマなどにも繋がります。
ASDの人を取り巻く問題として、スティグマやスティグマの内面化は深刻なものです。
カサンドラさんの困り事はASDの人の困り事が外部化したものでもあるはずで、スティグマに繋がる表現をネット上で増やすことは遠回りに思えます。
カサンドラさんやASDのパートナーへの正確な理解や支援が求められるのだと思います。

②理解されない人には人権がないのか
もう一つ気になっていることがあります。
「カサンドラ症候群」を批判する言説に対して「そのような言い方は理解を得られないよ」という揶揄を見ることがあります。
もちろん、わかりやすく丁寧に説明したり、伝わるように訴えることはとても大事です。
でもこれは人権の話で、人権は理解しにくいから理解しなくていいものではないはずです。

私自身は現在では、診断はあるものの薬も飲まないし手帳も要らないAS的性質のある実質健常者です。一方、私の兄は障害者手帳を持ったASDです。長年社会に出られていません。家族とさえ滅多に会話できない人で、話す時にクッション言葉なんて当然入れられません。
私も兄のことを長年誤解してきましたが(二次障害の方が酷く、親からも何も聞いていなかったため)、「ASD」というくくり方を知ってから共感できることが増えました。
多くの文献が示す通り、ASDの人にも当然心もあるし、共感もするし、たくさんのことを考えています。
兄はやはりネットでの精神障害者の評判を見てしまい、錯乱してしまうこともありました。そういったものが積み重なって複雑性PTSDのような状態になっているのではないかと私は考えています。

そういう理解されづらい当事者のことや、
心身の未熟な子供の立場も考えるべきだと思います。
器用にマスキングしたり、ライフハックを身につけて多数派の仲間入りをした大人の成功体験を強要しないでほしいです。
死にたくなるほどの偏見を無くしたいという思いは、理解されづらい当事者にも、誰にでも許される人権の範囲だと思います。
当たり前のことを思い出してほしいです。

差別用語を使う人の言葉は聞く必要がないです。不健全な概念からは距離を置く権利があります。

いずれにしても、誰にとっても誤解によるすれ違いのない社会になることを願っています。

○参考文献
脳科学について
・リサ・フェルドマン・バレット(2019)『情動はこうしてつくられる─脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』紀伊國屋書店
ASDの性質について
・スティーブ・シルバーマン(2017)『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実 』(ブルーバックス)講談社
・ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ(2021)『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書―自閉症者と小説を読む』みすず書房

○おまけ
最後に定型夫とASD(+AC)妻の関係について悩みがあり、やっぱりどうしても学んでおきたい方へ。
「アスペ一家つかず離れず」(http://asdweb.net)
カサンドラという言葉は出てきますが、この記事で挙げた問題はあまり感じませんでした。完全に遮断するのが心配な方は参考にしてみてください。私からみて、少なくともTwitterにこれ以上の情報はなかったです。
たとえばこのブログで出てきた
「話しながら考えを整理したいから、答えなくてもいいから聞いてほしい」という前置きの必要性を夫に理解してもらったところ、話し合いで私が黙ってしまったときに怒らせてしまう理由がわかり、ケンカが減りました。

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