踏み出した中学受験 「代わってあげられない」気持ちのもって行き場
実際にするかしないかは別として、都内にお住まいでお子さんがいる方なら一度は中学受験を意識したことはあるのではないでしょうか。ネットニュースでもしばしば中学受験の通塾が低学年化してきていると取り上げられて話題ですもんね。
過熱する中学受験。ご多分に漏れず、うちの子どもも今年の2月から新4年生として中学受験塾に通っています。クラス数が多い大規模校舎で、毎月クラス昇降のあるテストを受けては、親の私が一喜一憂しています。恥ずかしながら。入塾してまだ、たった4回しか受けていないのに。
入塾したときのクラスが結構上位だったのですが、テストを受ける度にじわじわとクラスが落ちてきていて、「次こそは!」と思い子どもと一緒になってテスト対策をするのですがなかなか難しいですね。特に算数のケアレスミスがほんとうに減らない。
ケアレスミスといえば、聞こえがいいかもしれません。「わかっているはずの問題をつまらない不注意で失点してしまっただけだから、次からは大丈夫」と捉えることもできるから。しかし、テストの度に同じようなミスを何度も繰り返します。これはケアレスミスなんかではなく、根本的な問題なのかもしれません。
定着するまで、ひとりで解けるようになるまで、同じような問題を何度か繰り返してテストに臨みました。転写ミスはしない、筆算をしたら最後まで書く、式を書く、□が出る問題は必ず検算する……口を酸っぱくして言い続けました。
塾から出される宿題のスケジュール管理をして、理解度を確認して、テスト前対策をして、この3ヶ月それなりに一緒に頑張ってきたつもりです。ですが、それは親の独りよがりだったのかもしれません。今までのやり方でダメなら、やり方が間違っているのかもしれません。どうしたらいいのか、先輩ママに聞いたりTwitterやネットで情報を集め、試行錯誤しているときに、ふと思いました。
一緒に頑張っているとはいえ、実際に勉強するのも受験するのも、私ではなく子どもなのです。子どもがやりたくないと言えば、そこで受験勉強は終了。私は代わりに勉強してあげることもテストを受けてあげることもできない。受験するかどうかは子どもが自分で判断して、するなら自分で勉強しなければなりません。
そういえばこういう「代わってあげられない」気持ち、前も経験したなと思いました。人見知りで友達と仲良くなるのに時間がかかるうちの子どもが、仲間はずれになってないか、楽しくなくてもいいから普通でいいから、ちゃんと学校生活を送れるか心配になるけど、親の私が代わって何かをしてあげられるわけではありません。私はもう祈ることしかできないのです。苦しいときに話を聞くことしかできないのです。もしかしたら余計な気をまわして話してくれないかもしれないけど、苦しそうにしてたらそのサインを見逃さないようにする、そんなことしか私にはできないのです。
幼稚園や保育園なら、親同士で遊ぶ約束をしてお膳立てをすることはできたたけど、もうその年齢は過ぎてしまいました。子どもが自分でまわりの人と関係を構築して、失敗をたくさんして、立ち上がって、そうやって学んでいかなければなりません。
二年前にはじめて、放課後にお友達と公園で遊ぶ約束をしてきたと満面の笑顔で教えてくれたとき涙が出るほどうれしくて、今思い出してもその気持ちは変わりません。そして、本来ならそれだけで十分だったのに、最近は多くを求め過ぎてしまっていました。
まだ中学受験をはじめて3ヶ月過ぎたところなのに、気づいたら視野が狭くなってました。テストの結果を見るたびにミスを咎める母親を見て、子どもはきっと辛い思いをしていただろうし、テストの度に余計なプレッシャーを感じていたんだろうなと思うと、猛省です。
そもそも、子どもの勉強量に比べたら、私が4年生の頃はこんなに勉強はしていなかったので、子どもを咎める資格なんてないんです。どんなに頑張っても叶わない経験も、挫折も何度も経験してきました。人に語れるような立派な人生を送ってきたわけではありません。母親として未熟で、器が小さくて、ほんとうに自分がイヤになります。
そんな私をよそに、子どもは粛々と毎日出される課題を健気にきちんとこなしていきます。毎朝起きてすぐ机に向かい、算数の基礎ドリルと理科の宿題をこなす子どもの後ろを姿を見ると、願わずにはいられません。どうかこの子の努力が報われますように。
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