なぜバイタスのクラウドファンディングは失敗したのか

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

これはプロ野球の名将として鳴らした故・野村克也が残した言葉である。
運よくたまたま物事が成功することはあっても失敗する時には必ず原因があるという意味であり、野球界ではもとよりビジネスの世界でも頻繁に引用されている。

私はこの名言から「失敗した時は何が原因だったのかを洗い出し、同じ轍を踏まないように対策を練るべし」ということを学んだ。

そして自分自身が失敗した時だけでなく、他者が失敗した際も「この人はこれが原因で失敗したのだな、他山の石としよう」とある種のケーススタディとして考えるようにしている。

そして最近(というより現在進行形で)、大きな失敗事例を目の当たりにした。バイタスのクラウドファンディングだ。事の顛末を簡単に説明すると、バイタスとは都内有数のお笑い劇場である新宿ハイジアV-1やバティオスを運営している会社である。そして今日のコロナ禍でライブ開催ができなくなり、劇場を維持するためクラウドファンディングで支援を募ったが目標には遠く及ばない金額で現在苦戦中(残り11日で達成率35%)、という話だ。

では、一体なぜバイタスのクラウドファンディングは失敗したのか?このケースの敗因について仮説立てて考えてみたい。

●敗因の仮説①:大義名分が共感されなかったから

これが最大の敗因だと思う。
「なぜ今回、クラウドファンディングを実施するのか?」というそもそもの理由・趣旨に共感性が生まれなかった。バイタスの言い分はこうだ。

コロナウイルスによるイベント自粛要請の中、本来頂く予定の会場使用キャンセル料を頂かずに4会場を期間中維持していく為の資金です。
ライブやってないのに、お金だけ貰うのが辛いんです。ただ、貰わないと劇場は無くなります。だから皆さんの力を貸してください。 


この言い分は「バイタスはライブ主催者から会場使用キャンセル料を一切徴収しないのだな。よって無収入状態が長引いて存続が危ういので、今回支援を募るのだな」と読み解ける。

しかし実際はそうでなく、バイタスはライブ主催者から会場使用キャンセル料をしっかり徴収していた。中止になった直近のライブはもちろん、少し先に予定していたライブ分についてもキャンセル料を請求していたとのことである。そうなると当然のことながら、

「え、話が違うのでは。バイタスは全然懐を痛めていないじゃん…」
「ライブ主催者からキャンセル料は取り立てて、クラウドファンディングでさらに集金する、ということ?二重取りだ!」

と多くの非難の声が挙がった。慌てたバイタスはすぐに「確かにライブ主催者からキャンセル料は徴収している。今回のクラウドファンディングは、ライブ主催者へお返しするための資金集め」と釈明した。

これは、あまりにも分かり辛い説明でありミスリードを招く大義名分ではないか?さすがに支援者を騙して集金しようという意図は無かったにせよ、そう誤解されても致し方ないクラウドファンディング趣旨である。

最初から正直に「我々はキャンセル料を徴収済なので何とか存続できます。しかしこのままではライブ主催者が死活問題です。ライブ主催者にそっくりそのまま渡すので、支援してください」と表明すべきではなかったのか?
(その場合「だったらバイタスを介さずに、ライブ主催者に直接おカネを渡すわ!」という話だが…)

批判は鳴りやまず結局、バイタスはキャンセル料全額をライブ主催者に返金し、”無収入状態のバイタスを支援するためのクラウドファンディング”に
最終的には落ち着いて仕切り直した。

しかし前提段階でこれだけケチがついた物事は大抵失敗する。まして今回はおカネが絡む話なので、「これならバイタスに○○円払いたい!」と思わせる理由がないと、人は身銭を切ろうとしない。「え、なんで?」とプロジェクトの趣旨に疑問符がついた時点で、人は関心を失って見放してしまう。

共感されない(というより腑に落ちない)大義名分を掲げた時点で、早くも暗雲が立ち込めてしまった。

●敗因の仮説②:目標金額の妥当性が理解されなかったから

2点目の敗因は「目標金額は妥当な金額なのか?」という事象である。
目標金額は約1,200万円とかなり大きな数字だが、クラウドファンディングの依頼文面では「資金の使い道」を下記の通り説明している。

 ・4軒分の家賃の支払い。
 ・設備維持費。
 ・機材のメンテナンス費用。
 ・従業員の給与。
 ・CAMPFIRE手数料。

もちろん実際に必要な経費なのだろう。
しかし劇場運営の実態を知らない身からすると、

「ホントに1,200万円も必要なの?」
「設備維持費や機材メンテナンス費も必要なの?当分はライブしないから機材は使わないし、いまは不要じゃないの?」

と、目標金額が果たして妥当なのかどうか気になってしまう。

なので1,200万円の使途内訳ならびに「この項目はこの理由からこの金額がどうしても必要」と最初に明示する必要があったのではないだろうか?

余談だが昔、日本テレビで「マネーの虎」という投資番組が放映されており今なお忘れられない回がある。その回の投資志願者は外国でのゴルフ関連ビジネスを計画し、途中まではかなり順調にプレゼンが進行していた。

しかし投資希望金額の内訳を説明する際、「私の月給は30万円の予定」と発言。マネーの虎たちから「人に金を出してもらう立場で、いきなり自分の給料で30万円も取るの?しかもその外国(たしかミャンマー?アジアの新興国)は物価が安いのだから生活するうえで30万円も要らないでしょ?」と一喝されてしまいあえなくノーマネーでフィニッシュ、という内容だった。

まさに虎たちの言う通りである。依頼内容に不透明さがあってはならない。今回のバイタスについても「確かに劇場維持のために1,200万円が必要不可欠だ」とクリアに理解されない限り、おカネを投じる意欲は湧かないのである。

もしかするとバイタスは「金額の細目を説明しなくても、劇場の運営費くらいはみんな分かってくれる」と考えていたかもしれないが、支援する側は劇場運営の経験・知識がない人が99%なので知る由もない。キチンと説明する責任を怠っている、と指摘せざるが得ない。

●敗因の仮説③:支援の報酬内容が納得されなかったから

3点目の敗因は「クラウドファンディングで支援した見返り報酬にニーズが無かった」ということ。報酬内容は支援金額に応じて異なり、

 ・劇場内にネームプレートを掲示。
 ・ネーミングライツライブの開催。
 ・漫才等で用いる38マイクのネック部分やスタンド部分にネーム掲示。
 ・袖幕にお名前掲示。
 ・劇場のネーミングライツ。

というもの。これはなかなか不興だったようでTwitter上では

「自分の名前が38マイクに掲示されましても…」
「ペンネームであれ本名であれ、自分の名前が劇場に載ったところで特に嬉しくないな…」

等々の反応が目立ち、納得感が得られないインセンティブであった。

これはあくまで私案だが、もっと芸人に絡めた報酬を用意したほうが良かったのではないか?
例えば、好きな芸人と1 on 1で交流ができる、無観客ライブ配信を視聴できるetc…。今回のクラウドファンディングに協力したがっている芸人は多数存在するので、芸人たちを活用する(支援インセンティブとして押し出す)手法は取れたハズだ。

また、芸人のマネジメント事務所とも協力体制は組めるハズ。なぜなら所属芸人たちの活動拠点であるバイタスを今後も存続させることは、マネジメント事務所にとってもメリットであるからだ。

突き詰めると、芸人-事務所を巻き込む力が弱かったこと、お笑いファンのニーズを読み違えたことが手痛かった。

●敗因の仮説④:達成する未来が早々に見えなくなったから

そして4点目の敗因は「早い段階で達成が絶望視されたから」と推測する。

4月11日から5月31日までの約50日間で前述の通り1,200万円を集める、という設定でスタートしたバイタスのクラウドファンディングだが、初動があまりにも遅々としていた。4月末段階では達成率20%、5月に入ってやっと30%に到達するという有様だった。この状況を見て「これは達成ムリ」と思った人は多かったのではないか。

なぜ初動でトチるとダメなのか。それは心理学の「バンドワゴン効果」と呼ばれる現象で説明がつく。これは世の中の大多数が選択・支持している現象自体がその選択肢を選ぶ者を更に増やす効果のことであり、「みんな○○を選んでいるから私も○○にしよう」と人は流行に乗っかる特性があることを示している。早い段階で支持者を固めることで雪ダルマ式にさらに支持者が増えていく、つまり最初にある程度の勝ち目をつけることが重要ということだ。

分かりやすい話だと、政治家の選挙はまさにバンドワゴン効果が発揮される。以前、ある有名政治家の秘書が選挙で勝ち抜く方法を紹介していた。「選挙告示序盤では当選有力とアピールして勢いをつくる。中盤では当落線上ギリギリの戦いと煽る。そうすると選挙陣営の気は引き締まり、終盤にむけて票固めが一気に捗って圧勝できる」とのこと。

さすがは政治のプロ。人の心理を見事に操っている。裏返すと、序盤でコケてしまうと遅れを取り返すのは困難ということだ。「○○に投票しても落選濃厚なら意味がない」「私の1票が死票になるのは嫌だ。当選する可能性がある候補者に投じよう」と意識して負け馬に乗ることを避けるするのは人間の性である。

ましてや支援状況が可視化されているクラウドファンディングにおいては、序盤に山場をつくることがなおさら重要だ。「このクラウドファンディングは成功する確率が高い」とアピールできるからである。それは変な話、自作自演でも構わない(自己資金の投入)。またはあらかじめ大口の支援者に話をつけて、クラウドファンディング開始初日にぶっ込んでもらうように操作するのもアリだろう。
第一波を(人工的にでも)つくることで、目標達成に向けたいい支援循環を生み出すことが肝要である。

その点、今回のクラウドファンディングはスタートダッシュに失敗した。
初動の遅れによって万事休すと言わざるを得ない。「この状況はいくら支援しても達成はムリ。成功報酬は得られないのだから支援を見送ろう」と離脱を促してしまった。

これは野球で喩えるならば初回イニングで大量失点してしまったようなものだ。よほど熱心な応援客でない限り、早々にスタジアムを去ってしまう。そのお客は戻ってこない。試合開始初っ端に負け戦を想起させた時点で、勝負はついていたのである。


以上4点が今回の失敗を招いた大きな敗因、という仮説を立ててみた。
※なお、小さな敗因は他にもあると思う。ザっと列記すると…

・クラウドファンディングの開始時期が悪かった
→コロナ禍真っ只中の4月上旬から開始。「これから支出は抑えよう」と国民が貯蓄志向が高まる時期に被ったので支援活動が鈍った。

・Twitter以外での発信が乏しかった(Twitterでの発信力も弱かった)
→Twitter以外の媒体で「バイタスを支援してください」のメッセージを目にすることは無かった上にバイタスのTwitter(@vitus_tokyo)の投稿も過疎状態。「もっと足掻いたほうがいいのでは?なりふり構わずに支援を依頼しないのか?」と疑問に感じた。厳しい言い方をすると、危機感が伝わってこなかった。

・依頼主は芸人の方が良かった(今回の依頼主はバイタス代表)
→元も子もない話だが、もし普段バイタスで登壇している芸人がクラウドファンディングの依頼主となり、「僕らの活動の場を残してください」と訴えていたら、お笑いファンたちの心情は動いていたかもしれない。残念ながら顔・名前がそもそも認知されていないバイタス代表に対して感情移入し辛かったことは否めない。「大好きなあの人の窮地を助けたい!」というのがクラウドファンディングの本質であることを考えると、前面に立てた人選が弱かった。

という点も少なからず影響したかもしれない。

このようにツラツラと敗因を挙げてみたが、”言うは易く行うは難し”だ。

他人のミスを指摘することは誰にでもできるが、自分がその人の立場に置かれたら正しく行動できるとは限らない。「こんなことも分からないのか!」とバイタス関係者のことを否定することはできない。

また、上記はあくまで仮説に過ぎない。
使い古された考え方だがPDCA(仮説を立てる→実行する→検証する→改善し手を打ち続ける)を回していかないと物事は前進しない。

もし上記4つの敗因(+小さな要因)をクリアしたとしても、支援金額を達成できるとも限らない。それだけ難しい取り組みであることは明らかだし
答えがない問題だということも重々承知している。あくまで仮説し、反面教師にするだけである。

最後に今回のクラウドファンディングについて一言述べたい。

支援終了まで残り11日間もある。まだ逆転達成できる可能性はある。
ここから起死回生の一手が飛び出るかもしれない。

「途中までヤバかったけど、最終的には達成できて良かったね」とハッピーエンドを迎えることができたら何よりである。クラウドファンディングの成功そしてバイタスの存続を願ってやまない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?