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シーズンオフ企画『アウトサイダーFOOTBALL書評』

某ZINEに掲載するために書いたものですが、せっかくなのでひっそりと残しておきます。

Jリーグ開幕まであと1ヶ月と迫ってまいりました。せっかくのオフシーズン、ファンもフットボールに対する教養を深める絶好のチャンスであると考え、僭越ながら皆様にオススメしたい関連書を勝手にご紹介。どれも古本屋やAmazonで手に入るものばかりですので、この機会にぜひお試しを。​

『狂熱のシーズン―ヴェローナFCを追いかけて』

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イタリア北部の小さなフットボールクラブ「エラス・ヴェローナFC」、その応援席に昔から陣取っている人種差別的応援団「ブリガーテ・ジャッロブルー(黄青旅団の意。クラブの色)」にイギリス人著者が帯同するという傑作エッセイ。

イタリアの社会問題に関連するテーマにも触れつつ、「嫌いなものは有色人種とユダヤ人」と言い切るイカれた連中との往復1500kmバスツアーを記した第1章は旅行記としても最高。もちろん平穏になんて済むわけがなく、生粋のローカルしか理解し得ないドぎついスラングが飛び交う車内、酒とコカインでどんどんキマッていくブリガーテのメンバー達、バスを囲む警官隊…。本を書くための潜入とはいえ、著者が本気のサポーターだったこともあり、ブリガーテのメンバー達も外国人である彼に心を開いていく。それだけに本書は相当の生々しさを持ってイタリアサッカーファンのメンタリティを伝えています。良くも悪くも文化としての根付き方が日本とは違う。というか異質。前年の優勝チーム相手にリードを奪い、喜びながらも「なにが起こってるんだ…?」と戸惑う感じは残念だけどめっちゃ分かる。

本書は2000年代初頭のものですが、イタリアのサッカー界には現在でも人種差別が蔓延っています。2019年、対戦相手の黒人選手に人種差別的なコールを浴びせたとして処分を受けたブリガーテのリーダーは「黒人に黒人と言ってなにがおかしい」という声明を出し、被害選手が所属するクラブのサポーターグループがその声明を支持するという狂気的な事態となりました。彼らがなぜそんな思考に至るのか、その一端に触れてみてはいかがでしょうか。個人的には言わずもがなSay No to Racismですが。

『フーリガン―最悪の自叙伝』

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ヤンキー列伝とか実録ヤ○ザ系なんかが好きな人は気に入るのではないでしょうか。少年時代から喧嘩に明け暮れた著者が地元クラブのマンチェスター・シティFCのフーリガン集団「カヴナーズ」でボスにまでのし上がり、数百人もの仲間とともに英国各地の荒くれ共と拳を交えていく熱血成り上がりストーリー。フーリガンとはざっくり言うと乱闘目的にサッカー場に集まる奴らの総称で、パンク絡みだとCockney Rejectsはロンドンの「Inter City Firm」というフーリガン集団の中で結成されたバンドです。よってOiやスキンズとも関わりの深いカルチャーなのであります。例えば千駄ヶ谷とか調布で数十〜数百人の男達が街中で殴り合う状況を想像すると異常性を理解していただけるかと。日本で言うところの暴走族みたいなものかもしれませんが、70〜80年代のイギリスにはフットボールクラブあるところにフーリガンあり、という戦国時代さながらの群雄割拠な状況だったそうです。武器は男らしく拳一つ、たまには硬く丸めた新聞紙や鋭く研いだ櫛、砂を詰めた革袋、ひどいときにはナイフ。敵を分断しながら路地に追い詰めていく戦術性も持ち合わせており、さながら軍隊のように戦いを繰り広げます。殺し合いではないので「急所を外す」「一般人は襲わず”同類”とだけ闘う」など暗黙の了解が存在したそうです。が、残念ながら死者も逮捕者も大勢出ました。なにを言ってるのか状態かと思いますが全部サッカーの話です。彼の綴る体験談は常軌を逸したものばかりですが、それらが「この生き方にプライドを持っている」という言葉に生々しい説得力を与えている気がします。日本にいなくてよかった。

『ディナモ:ナチスに消されたフットボーラー』

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1942年、ナチス占領下のウクライナ。パン工場で強制労働をさせられていた名門クラブ「ディナモ・キエフFC(以下ディナモ)」の選手達がナチスドイツ占領軍のフットボールチームとの試合をすることになる…というノンフィクション。
あらすじにも書かれていることなのでバラしますが、ディナモは勝ちます。まともな食糧がなく栄養不足なうえに練習場所もないという過酷な状況ではあったものの、戦前にはヨーロッパ中で名を馳せた名門クラブ。つまり寄せ集めの軍隊チームには勝てちゃうわけです。問題なのは、この試合自体がアーリア人の人種的優位性を示すべくナチスのプロパガンダとして組まれたものであり、ドイツ側からすれば絶対に負けるわけにはいかない、一方ディナモ側は勝てば命の保証はない「死の試合」だということ。
それらを理解したうえで、選手達は全員の意思で勝利を奪いにいくと決め、ピッチへ向かいます。
彼らは試合前のナチ式敬礼を拒否し、代わりに「フィッツカルト・ウラー(スポーツ万歳!)」と叫んだ。ナチス親衛隊員の審判によって、もはや暴力としか言いようのないドイツ軍チームの反則は全て見逃された。なんとかリードして迎えたハーフタイムには、ナチス関係者がロッカールームに現れ「皆さんは勝つことが許されないことを理解せねばなりません」と宣告する…。勝てばどうなるかなど誰でも想像がつく状況で、なにが彼らを勝利へ向かわせたのか。母国を想う気持ちや占領軍への反骨心もあったのでしょうが、何より彼らはフットボーラーであり、「グラウンドに立つ以上は勝利を目指す」を通したのだと思います。ドイツ兵に暴行を受けながらも最後までスタンドで応援を続けたファン、さらにはキエフ市民に希望を与えるためにも。人間としての尊厳、フットボーラーとしての誇りとは何かを考えさせられる名作。

「アナキスト・サッカーマニュアル」

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これはやべえ本が出たな…と当時思ったのをよく覚えています。
サッカー(タイトルに習ってそう呼びます)という競技そのものはシンプルながら奥深いボールゲームで、ご存知のとおり世界中で支持されています。世界中で身近であるがゆえに、サッカーは社会と密接にリンクするものであり、国や地域、民族、人種、それらのアイデンティティやカルチャーを色濃く映す鏡にもなるのです。本書は世界各地でサッカーに関する左派的な活動をまとめたニッチにも程がある一冊です。商業化されていく現代サッカーに嫌気がさしたファン達によって新設された自営的サッカークラブの話、スタジアムでの表現弾圧に抵抗するギリシャのサポーター連合、未承認国家のみで開催される裏ワールドカップ、女性のサッカーファン連合によるアンチ性差別活動、地域のホームレス支援、ウルトラス全国会議、アンチファシスト、St.Pauli...。はい、全然分からなくて大丈夫です(笑)。つまりは性別も人種も階級も関係なく、誰もが自由にサッカーをプレイし、サッカーを応援し、サッカーを表現できる社会を目指し、尚且つ権力に取り込まれることを拒んだサッカー人達の活動記録なのです。各地の仲間と連携して大会を主催したり、ファンジンを作ったりといった草の根の活動は商業化されたメインストリームへのカウンターアクションであり、パンクの精神性に通じるところがあるのではないでしょうか。2012年刊行なので情報のアップデートは各自行う必要があるかと思いますが、サッカー雑誌には決して載らないであろうオルタナティヴな情報が詰まった本書はもはや「資料集」と呼ぶのが相応しいかもしれません。サッカー好きでも一生手を出さない人が大多数かと思いますが、刺さる人には一生のバイブルになるかも。

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