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76.松下村塾の生い立ち

こんばんは!!
國弘です!😁
みなさん、吉田松陰をご存じですか?
幕末に明治維新を起こした長州志士を育成した松下村塾を開いた人物で、僕の憧れる偉人のひとりです♪
今日はそんな吉田松陰の一部を紹介します!

吉田松陰の生まれ

1830年9月20日で長州萩城下松本村(今の山口県萩市)に杉百合之助の次男として生まれ、その後山鹿流兵学師範で叔父にあたる吉田大助の養子となり、そこで兵学を学びます。そして、なんと9歳で明倫館の兵学師範になり、11歳のころには当時の藩主であった毛利慶親の前で講義をし、それが認められます。今の時代で言う小学生の時にここまで、学を学び、教えれるようになってることがすご過ぎる!!

日本を守るために開校した松下村塾

その後、海防論者として有名だった葉山左内のもとで学び、西洋兵学の脅威を感じた吉田松陰は、鎖国時代の当時の禁を犯しながらも、西洋兵学を学んだり、海外船に乗り込んだりし、地元萩で幽閉処分を受けます!そして、27歳の歳で叔父がやっていた松下村塾の名を引き継いで開講し、多くの門下生が集まってきます!
当時は士族しか、塾に行くことはできなかったが、松下村塾は士農工商関わらず、学びたい人を受け入れ、一方的に教えるのではなく、一緒に意見を交わしながら、学んでたようです!農民出身で代表的な人がみなさんもご存じ、初代総理大臣になった伊藤博文さんです♪

まとめ

何かを成し遂げる人は人と同じでないという印象ですが、吉田松陰も若くして師範になったり、禁を破りながらも学びを得たいといった破天荒ぶりが垣間見えます!
山口を良くするため、日本を良くするためにと思ってたようですが、僕もこの現代でできるやり方で山口、日本を良くするために駆け抜けていきます!
それでは、また😊

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