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早青

 青い。ここが何処かは分からぬが、私の望んだ世界がそこにある。そんな気がするのだ。
 横にいる少年は、誰だろうか。声が私の耳に届く。
「貴方には、ここがどう見えますか。」
「青いです。とても。青しかない。」


 初会とは思えぬ心地に口が開く。
「何処かで、お会いしたことがありますか。」
「出会った方、みなそう言います。僕はあなたに会いに来た。ただそれだけですよ。」

 ただ、ただただ見つめる。青い世界を。

「どうです、ここは。きっと貴方が望んだ世界のはずです。」
少年の視線に包まれる。柔和な彼の微笑みが何を表すのか、私には分からない。だが、そんなこと、どうでも良いような気がした。
「ええ、美しい。ここにずっといたいものです。もっと昔からここにいれば—」

「この世界は、そんなにもよいものでしょうか。僕はどの世界が良いか、わからないのです。」
青年の言葉は、にわかに信じ難いものだった。この青い世界を見て、素晴らしいと感じない人間がいるものか。これ以上に美しい世界を、見たことがあるのか。

 私は赤の支配する世界しか、知らないのだ。

「—恥ずかしながら、私は、青に満ちた世界を初めて見たのです。私の知る世界は、美しいとは言えないものでしたから、この世界が良いと思うのでしょう。」
「どうして、貴方の知る世界は、美しくないのですか。」


 ふつ、ふつと、込み上げる。




「ー表面上は良い世界なのかもしれません。でも、ーあの世界に、父を、母を、兄を、妹を、家族を、殺されました。そんな世界、美しいだなんて言えるものか。」

 青がぼやける。

 幾分か経った後、紳士は口を開く。
「そうなのですね。」
重い重い腰を下ろす。
私の口から言葉が溢れ出る。
「逃げたかった。逃げれるのならば。そうすれば、父も、母も、兄も、妹も、誰も、誰も死ななかった。でも、あの世界は逃がしてはくれない。あまりにも大きすぎる。私たちは駒だ。どうして彼らはこの美しい、正しい世界をしらないのか。どうしてあれにこだわるのか。どうして。」

 青の世界は、こんなにも素晴らしいのに。

「僕は、この世界を美しく、正しいとは思いません。」
「貴方も、貴方もあの世界を正しいというのですか?」
「いえ、どの世界も平等に美しいとは言えません。この世界だって、何かを踏み台にして成り立っている。貴方が美しいと思っても、私か美しいと思っても、どこかで誰かが、哀しむのです。」



 ぼんやりした感覚が襲う。目の前の老紳士は呟いた。
「嗚呼、生まれた。」
遠のく意識の中、青に褐色が浮かび上がった。

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