笑う店
今から100年ほど前、大正時代。私の曽祖父により、石巻市湊町に小さな酒屋「北村酒店」がオープンしました。販売、配達を主な業務とし、売り場は湊町に働く造船技師、漁師たちが日々の仕事を労い、酒を飲み交わす憩いの場として開かれていました。
曽祖父が亡くなった後は祖父、祖母が商売を行い、私が 3 才の時に祖父が亡くなった後は祖母が店を切り盛りしていました。
幼かった私には祖父の記憶がありません。ぼんやりとした記憶の片隅には、「北村商店」という看板と、店を営む、綺麗で上品な祖母と、酒屋に集まる陽気な湊町の人々の笑顔があります。
祖母が亡くなった後は、建物が北村家の住まいとなり、私も高校2.3年生の時に住んでいました。その後は仙台の大学に行き、卒業。舞台制作の仕事や中学校の講師をしながら、仙台に暮らしていました。
石巻はたまに帰るものの、正直に言えば、あまり好きではなかったです。幼い頃から感じていた、街全体を漂う、閉塞感。年齢を重ねるごとにそれは強く感じられ、石巻から私を遠ざけていました。仙台で暮らす期間が長くなればなるほど、石巻に想いを馳せることはなくなっていきました。
そんな中、東日本大震災により、北村商店は甚大な被害を受け、店舗、蔵、家、全てが崩壊し津波に流されました。家がなくなるという経験は何とも言えないものでした。好きではなかった石巻。たて壊す予定だった北村商店。石巻に帰るたびに感じていた、閉塞感。でもそれは、その場所が、そこにあるからこそ感じられるものです。帰る場所がなければ、何も感じることはできない。からっぽです。私は一体、どこに帰るのだろうと思うようになりました。
震災以降、仙台で働きながら、石巻に想いを馳せる時間は日に日に増えていきました。自然と、今、あの街で何が起きているのか、これから、何が起きようとしているのか、耳に入るようになりました。
思えば、10年前の3.11の時からでしょう。ぼんやりと、しかし確実に、「とにかく、しっかりと生き延びよう」「生かされた命を後悔しないように使わせて頂こう」だから、「いつか石巻に帰って、自分の仕事をしよう。」と思うようになりました。
では、何をするのか。あの街に必要だけれど、今、ないもの。その中で私の知識や知恵、経験を活かせるもの。それらを掛け合わせ、かつ、事業として継続できるもの。そんなことを考え続けていました。
そして、心の病や生きづらさ、障がいのある方が日中過ごす居場所が商店街にあれば、と考えました。障害福祉サービスという制度を使い、それを実現しようと決め、仙台で働きながら、少しずつ、事業を具体化し、準備を進めていきました。
事業を起こし、石巻でサービスを提供する。そのためには法人格が必要になります。2017年5月に前職を退職。2017年の6月、「北村笑店」を設立しました。
このネーミング、法人の名前を考えていたときに、妻が提案してくれたものです。
「北村商店」は酒屋でした。そこには、湊町の人たちの陽気な笑顔、祖母の上品な笑顔がありました。商いを行う店であり、間違いなく、笑う店でもありました。4代目である私が酒屋から形を変えて、「商」の一文字を「笑」に変えて、しかし、大切にしてきたものを引き継ぎ、新たな店をオープンしたいと考えました。
この街に暮らす色々な人々が集まり、交流し、笑顔が溢れる場所、それが「北村笑店」となるよう、願いを込めました。
北村笑店の屋号紋(会社のロゴマークのようなものです。)は「タに○」です。100年の歴史がある立派なものである、北村商店の屋号紋を引き継ぎました。しかし、意味は明確にはわかりません。多分、曽祖父の名前の頭文字なのですが、「た」なのかもしれませんし、夕焼けの「夕」なのかもしれません。
この、意味のわからなさが、なんだか好きです。今の世の中、色々なことに意味とか答えとか理由をつけようとします。それが悪いことだとは思いません。震災前の私のように、何となく雰囲気で生きていこうとするよりも、しっかりと自分の行動に意味づけをすることは大切だと思います。
けれども、心の奥底から湧いてくるような気持ちに意味や答えや理由なんてそんなにいらないかも、と思ったりします。
震災後、私の心と身体を動かす原動力が確かにあります。それは、あの時感じた、閉塞感なのか、喪失感なのか、怒りなのか、はっきりとわかりません。でも、「好き」という気持ちが自分自身の原動力であって欲しいと思います。その気持ちが、何よりも強いものであって欲しいです。それに、好きだとなんだか笑いが止まりません。ちょっとダサいかもしれない屋号紋と北村笑店という会社名、私は悪くないと思うし、なんだか好きなんです。「地域に暮らす人たちが一人ひとりのありのままを認めあい笑顔で過ごす幸福な社会をつくりだす」という、法人の初心であり、姿勢を表すことができていると思っています。
そして、強い言葉ではなく、しなやかな実践をしていくために、目の前の人の幸せのために、この街、社会のために、2017年9月、石巻中央アイトピア通りに「きゅう」をオープンさせました。
2021.4
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