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私の心はいつも春だ

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あんな話、こんな話。さりげない日常の記。
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2023年7月の記事一覧

夏休みラジオ体操たった2日間だった

小学生の夏休み、私の一日はラジオ体操で始まった。地域の児童15人が神天満宮に集合。午前6時…

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やはり浴衣はいい、孫娘おしとやかに

千葉県の「茂原七夕まつり」(7月29日~30日)が4年ぶりに開催された。神奈川の「湘南ひらつ…

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本当かな?天狗はもともと山伏だった

中山秀征の楽しく1万歩! 小京都日和(BS11)。7月25日午後7時放送は「岩手・遠野で民話…

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もうすぐ秋が、あと1カ月頑張ろう!

毎日暑い。「危険な暑さ、熱中症に厳重注意」とアナウンスする。団地のプールに人影が見えない…

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幻の店と再会、骨組のまま60年野放し

中学は3年間、片道4㌔を徒歩通学した。自転車に乗れなくてとぼとぼと。その後、徒歩通学の友…

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車内でスマホを振り歩数を稼いでいた

蘇我駅でJR京葉線・東京行に乗る。午後6時11分発、新浦安駅着は同41分。ひんやりしてる車内…

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お墓建てるも娘4人墓守が心配と言う

何年前になるのだろうか。妻と実家の新しいお墓を見に行く。義兄の車に便乗して岩見沢の市営墓地へ。見上げるような墓石から和洋折衷の墓石に変わった。娘4人、墓守が心配と言う。 帰りに伯父のキリスト教のお墓も参った。印刷会社の社長で生活派の歌人。1980年3月16日、腎不全のため死去。74歳。読売新聞空知版は18日付で「岩見沢文学界の巨星落つ」と報じた。 逝きまして四十余年牧水をわが歌の師といまも言ひきる 3年前、伯父を紹介している。歌集「狭き視野」(小西米作)の中に「みちのく

サイレンオンパレードようやく静かに

救急車の「ピーポー」、パトカーの「ウー」、消防車の「ウーカンカン」。午後9時までサイレン…

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新横浜まで新幹線17分間の贅沢だった

息子は新潟市の大学で6年間学んだ。1996年3月から2002年3月まで。この間、アパートを4回変…

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大人になっても酒は飲まないと決めた

父は酒を飲まなかった。そのため兄は外で飲んだ。母は私に「今日はあそこの家で飲んでいる。そ…

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夏休み中こそ噴水、流れの稼働が必要

1カ月ぶりに歯医者へ。予約は午後一番の2時30分。午後1時に家を出た。2、3分ほど歩いてい…

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大関とりの2関脇、可能性1人かゼロ

大相撲名古屋場所12日目、大関とりの3関脇がそろって黒星。大栄翔は連敗で4敗、豊昇龍は北勝…

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20歳、ケーキありがとう、おめでとう

孫に会いに行くため、午前9時前にごみ出し。普段より2時間も早い。ルールでは「朝7時から8…

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決シテ(瞋ラズ)一瞬、読めなかった

7月1日に帰省、花巻で雨ニモマケズの全文タオルを購入した。19日、お土産として孫たちに手渡す。もらって喜ぶのは小6だけかな。雨ニモマケズ/風ニモマケズ、と声を出して読み始める。 小さいころは全文暗唱出来た。今は心もとない。雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ/慾ハナク、といい調子だったが、決シテ(瞋ラズ)でつまずく。「瞋ラズ」が読めなかった。 目を通していて良かった。恥をかかないで済む。これは難しそうなので、銀河鉄道の幸せのを呼ぶ防犯ホイッスルと、ステンドグラス風