『トシ君はカメラ屋さん』第6話
その年の秋、私は初潮を迎えた。
しかし、生理になった事を私はしばらく母に言えずにいた。単純に母に報告するのが照れ臭いというのもあったけれど、それだけが理由じゃなかった…。
「ゆうこが結婚するまでは、何が何でもお母さん元気でいなきゃね!」
それが小さい頃から母の口癖だった。風邪をひいて寝込んでいるような時でさえ「母さん、すぐに治しちゃうからね」と私のおでこを撫でながら微笑んでいた。そう、力強く言う母は熱があっても頼もしかった。
今思えば、そう自分に言い聞かすことで、辛い時でも女手一つで育てる決意を奮い立たせていたのかもしれない。
私が大きくなるにつれて、その言葉を聞く事は無くなっていった。代わりに、節目節目で「本当に、あっという間に大きくなってしまうのね」と母は言った。
その顔はいつもどこか哀愁が漂っていて、私の成長が母さんを寂しくさせてしまっているような、そんな気がした。
「和子おばちゃん、私、生理になった」
キッチンで食事をしている丸いおばちゃんの背中に話かけた。
「あら、ナプキン持ってる?トイレの棚にあるから使ってね」
特に驚いた様子もなく、いつも通りの、おばちゃんの口調に私は安心する。母に言えなかった事が、おばちゃんにはすっと言えた。
「ナプキンはあるんだけど…」
「お腹が痛いの?」
「違う。母さんに言えてなくて」
おばちゃんは食器を洗う手を止めて、エプロンで濡れた手を拭きながらゆっくり振り返った。
「あら、どうして?」
「分かんない。分かんないんだけど…」
首を傾げて不思議そうに和子さんの目が私を見つめる。
「おばちゃんは、ヨウ兄とかトシが大きくなって大人になっていくのって寂しい?」
「あぁ…」
数秒間があって、和子さんの表情が柔らかく優しくなるのを感じた。そして、質問には答えずに私の肩を優しくポンポンと二回叩くと、おばちゃんはいつも通り明るく言った。
「ゆうちゃん、大丈夫。考え過ぎなくても。どれも特別な事じゃないの」
おばちゃんは続ける。
「ほら、大きいウンコ出た時に『今日のはデカかった。スッキリした』っていつも家族に報告するみたいにさ、サラッと言っちゃえば良いのよ」
そう両手で丸をジェスチャーするおばちゃんの示す物がウンコだと分かって私は思わず、ふきだしそうになる。
「おばちゃん、我が家はウンコの大きさ報告した事なんてないよ。っていうか、鈴木家では、それが日常なの?」舌を出して私にウインクするおばちゃんは何故だかとても可愛く見えた。
その夜。私は母に生理がきた事告げた。
「あ、そうなの。トイレにナプキンあるからね」
母は表情を変える事なくサラッとそう言った。なんだか拍子抜けして、そして安堵した。
おばちゃんの「どれも特別な事じゃないの」という言葉を私は頭の中で反芻していた。
~第7話につづく~
7話はこちら☟☟
https://note.com/kyurikachan/n/n0470f6e9482e
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