『トシ君はカメラ屋さん』第8話
大学2年生になる頃、年上の彼氏が出来た。同じバイト先の先輩だった。高校生までの恋愛と何が違ったのか…私はとにかく浮かれていた。
2つ歳上の彼はバイト先まで車で通っていて、よく助手席に乗せてもらって帰った。車内に流れる音楽を口ずさみながら運転する横顔。立ち寄ったコンビニで買う缶コーヒー。その香りが残るキス…。
2つしか変わらないのに、彼はとても大人びて見えて、その全てにドキドキした。
接客で焦っていると「変わるよ」と、そっとフォローに入ってくれたし、「あんまり無理するなよ」と先回りして手を取ってくれるような言葉を彼はよく言った。
スマートに女の子扱いされる事なんて初めてで、そんな彼に寄りかかって甘えて、惚気て、浸っていた。
あの頃、世界の色が違って見えたし、私の時間は彼を軸にして回っていたように思う。
ところが、付き合って1年を目前にしたある日、突然、彼に振られた。「他に好きな人が出来た。別れて欲しい」と…。目を背ける事の出来ない現実を突きつけられ、刃はそのまま心臓にモロに刺さった。文字通りハートブレイク。
よりにもよって彼の好きになった子は同じバイト先の子らしい。
彼の好きになった子と自分を比べては自信を失っていった。誰かと自分を比べる時、学歴や資格や面接スキルのせいにできる就活と違って恋愛って何て残酷なんだろう。
出来ることなら、彼の好きになった、その子になりたかった。
空に虹がかかったこと
ハートの形の岩を見つけたこと
自販機で当たりが出たこと
小さな幸せを、誰に言えば良いんだろう。この感情はどこにもっていけば良いんだろう。今まで彼と共有していたはずの、行き場を失った喜びが私の胸を締め付ける。
年中「ダイエット」と言っていたのに、自分でも驚く程に体重は落ちた。
「最近何かあったの?」
夕食のカレーを口に運びながら母さんは私にそっと聞いた。後ろで流れているテレビの音量に紛れてしまうくらい自然な声で。
「振られちゃった」
彼氏がいるという事も、それ以前に自分の恋愛の事を母に話す事なんて今まで無かったのに、あっさり告白していた。恥ずかしさにも気が回らない程に弱っている自分に今更気付く。
「そう。食欲出ないと思うけど、一日三回、何でも良いから口に運びなさい」母さんはそれ以上何も聞かなかった。優しい口調に、溢れそうになる涙を必死にこらえる。
「そういえばトシ君家、鈴木写真館、年内でお店畳むんだって」
「えっ?」
自分の口から想像以上に大きな声が出た。
~第9話につづく~
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