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「髪の毛以外ぜんぶムダ毛」と私のアツい夏

髪の毛以外ぜんぶムダ毛

その看板を目にしたのは、意識が飛びそうなほど暑い夏の日だった。額に流れる汗を拭き、私はボーっとその言葉を頭の中で繰り返す。

夜になると店探しが大変なほど繁盛する居酒屋が立ち並ぶ駅前商店街。しかし、昼間のうちはどの店もシャッターの瞼を下ろし眠りについていた。


そんな飲み屋街の中にポツンと、
その店はあった。

どうやらメンズ脱毛の店らしい。


脱毛について面倒だと感じてはいたものの、専門店で施術してもらう発想は全くなかった。しかし、この日を境に私の頭に“脱毛”という意識の小部屋が出来たように感じる。

看板は役目を大いに果たしたのだ。

主人からの突然の告白

「ヒゲ脱毛に通おうと思う」

タイムリーに主人からそう告白を受けた時

「もしかして髪の毛以外ぜんぶムダ毛?」

と、サッパリ意味の分からない返しをしてしまった。数日前の看板が衝撃的だっただけに、主人も同じ看板を目にしてヒゲ脱毛を思い立ったのかと感じたのだ。


しかし、彼のヒゲ脱毛への思いは私がこの数日で感じた突発的な興味本位のような物ではなく、もっと昔からあった深い悩みを解決する画期的な発想だった。

「オレ、肌弱いやろ?」
「うん」
「出来ればヒゲは毎日剃りたくないんよ。カミソリ負けするから。」
「そうだね。会社があるからしょうがないけどね。」
「休日も出来れば肌の為にヒゲ剃りたくないんよ。」
「でも、オジサンの不精髭はだらしなく見えるよね。」
「やろ?だからヒゲ脱毛やねん。」

分かる。
なんとなく分かる。

いくら肌が強い私だって、夏のムダ毛処理はかなり面倒だ。それに加えて肌が弱くて毎日ヒリヒリ痛いとなれば、それは脱毛も考えるだろう。


しかし問題は値段だ。
「いくらくらいかかるもんなの?」
「12万」
私が聞こうとするやいなや、食い気味に回答してきたその姿勢にも主人のヒゲ脱毛に対する熱い思いがうかがえる。

「12万か~…。」

数秒間があって、私の表情から全てを察した彼が話し出す。
「こういうのって、1回で終わらへんねん。レーザー当てて徐々に薄くなっていくもんやから。」

「んでな、医療脱毛と美容脱毛があってな…」

こちらは何も質問していないのに、話はどんどん先へ進んでいく。彼なりに調べた様子からして、ヒゲ脱毛を開始するのは彼の中で既定路線のようだ。


それでも黙っている私に、


「お小遣いから分割払いでお願いできませんか?」


と、
彼の出来る最大の打開策を提示してきた。


ちなみに我が家では給料の1割を主人のお小遣いと決めている(25万円の給料なら2万5千円のお小遣い)その方が後々昇給した時もモチベーションになると考えたからだ。

そこから毎月1万円ずつ1年間ヒゲ脱毛分割払いをするらしい。正確には主人はジム通いもしていて、それもお小遣いからなのでヒゲ脱毛分割とジム費用で毎月のお小遣いは雀の涙ほどしかもらえない計算だ。


それでもやりたいと。
脱毛への決意は固かった。

「俺のヒゲを剃る仕事の人がいるとするやん。その人への一生分の給与+カミソリ代+肌への負担を考えたら、今後ヒゲの苦労が12万でなくなると思ったらコスパ高ない?」

しまいには、よく分からない提案をしてきたが、主人のお小遣いの中でやるなら、もう私は何も言うまい。

こうして我が家の脱毛は始まった。

旦那、初回脱毛で涙する

長年悩んできたヒゲの悩みから解放されるとあって、初回皮膚科へ行く主人の足どりは軽かった。

「楽しみやな~。1回でどれくらい薄くなるんやろ。」

そんな表情が一変、帰ってくるなりテカテカに光った顔で主人は喋りまくる。


「めーーーーーーっちゃ痛かっってん。」


珍しく大きい主人の声に子供達がゲームの手をとめ、顔を覗き込む。
「父ちゃん、顔ベタベタやん、気持ち悪っ!!」

私が心で思っていた言葉をド直球で小1の娘が言った。


「これな、炎症止めの薬がついとんねん。しかも、これから陽に焼けちゃあかんみたいで日焼け止めも毎日塗らんとあかんらしい。」


そう言って洗面台に行った主人は日焼け止めを上から塗って、さらにベタベタになって帰ってきた。


「あんな~、よく芸人がゴム口で引っ張ってパッチーンってするやつあるやろ?あれが1000回くらい続く訳や。」


熱がこもった口調で痛さを表現してくるが、主人のベタベタな顔が気になりすぎて話が半分も入ってこない。

「痛すぎて涙がツツーって頬に流れるのが分かんねん。泣いとる訳やないで。痛すぎて涙が出てくんねん。」

40前のオジサンが涙するのだ。
相当痛いのだろう。

「次からは痛さ紛らわす為にタオル持ってって握りしめよかな。」と、1回目が終わったばかりなのに次回の心配もしていた。

さらに、

「この痛みに耐えられずに1回で辞めた人はいますか?」とも聞いたらしい。


「1人もいません。」
って。


当たり前だ。

ヒゲ脱毛をすると私へ断言した勇ましさはどこかへ消え、テカテカの顎で気弱になった主人を前に笑うしかなかった。

VIOと幼なじみ

そんなこんなが我が家であった1ヶ月後、久しぶりに幼なじみと再会した。

そこで幼なじみからVIO脱毛を検討中との会話になる。まさに今、私の周囲で脱毛がアツい時期らしい。

話を要約すると友達は職業上訪問介護に行く機会が多く、オムツ介助の際に毛があるかないかで衛生的にも時間的にも差が出るというのだ。


これはまさに目からウロコ。


最近脱毛について急に少しだけ知識を得た、ひよっこの私にはVIOという言葉にさえ、この時初めて触れた。

ちなみに、ネットで調べると下記のようにある。

VIOとは、Vゾーン(恥骨上部の下着で覆われている三角形のゾーン)、Iゾーン(陰部の両側)、Oゾーン(肛門周辺)のデリケートゾーンのこと

Panasonic「UP LIFE」記事より


なるほど。

確かに、皮膚科の受付で「〇〇の毛を処理したいです。」と言うのは恥ずかしい。その点でこのVIOという言葉は商業的にもかなり効果を発揮している。

そんなことに感動した。


しかし、いくら受付でVIOと言ったところでイザ施術となればデリケートゾーンを披露しなくてはならないし、主人の話では、それに加えゴムパッチンなのだから効果があってもハードルが高い。

しかも驚いたことに、白髪になってからだとレーザーが効かないらしい。

若いうちから数十年後にやってくる介護の為にVIO脱毛をするなんて、スゴイ時代がきたものだと、これまた衝撃を受けた。

久々に見た「無毛時代」ワード

髪の毛以外ぜんぶムダ毛

から始まった私のアツい脱毛の夏。

季節の移り変わりと共に、少しずつ脱毛の文字や話題も落ち着いたように感じる。

主人はといえば、6回ほどの施術を終え、だいぶヒゲが薄くなったものの完全にヒゲ卒業とはならず追加で施術するか自分の小遣いと話合い中といったところらしい。

そんな今日、久々にネットニュースで脱毛に関するニュースを目にした。

広がる「無毛社会」男女年代問わず…でも毛はムダなの?(朝日新聞デジタル)


この記事では脱毛について、自分の価値観(ものさし)で決めようという言葉で結ばれている。

まさにその通りなのだが、それが難しい所でもある。


そのうち現在小1の娘もムダ毛処理について考える日がくるだろう。私もいつかの為にVIO脱毛について調べたりするのかもしれない。

・自分の価値観
・人の目
・介護の手間

まさに無毛時代が到来しているような気もするけれど「別にそのままで良いんじゃない?」と楽観的で面倒臭がりな私は思ったりもするのだ。

髪の毛以外ぜんぶムダ毛

今後脱毛の記事や話題になる度、私はあの夏の暑い日を思い出すんだろう。

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