見出し画像

嘘つきな君へ 第五話-1

こんばんは、ときめき研究所のKEIKOです。
やっと書き進めております。実に二年ぶりに書いているよ〜妄想小説。きちんと推敲できてないかも。あと毎日書こうと思うからちょっとつじつま合わなかったりしたらごめんなさい!noteの投稿もこれにて15日連続!継続は力なりを信じて、書き続けます〜!

嘘つきな君へ 第五話 上野恵芽の困惑-1

 その日は意外とすぐに実現した。
 優香は就活も終わって暇だし、勇人は週1しか学校に行ってないし、私は就活に飽き飽きしていた。忙しいのは理人さんだったけど、マネージャーにお願いしてくれて一番近い日程のスケジュールを調整してくれた。
 優香の提案で日程の確認や待ち合わせについてやり取りするグループLINEが作成された。彼女の魂胆はどう考えても見え見えだった。グループのトークが展開されると同時に、私個人に彼女からLINEがきて

『え、私ほんとにRIHITOとLINEしてる!恵芽!!ほんとにありがと!!!』

というテキストとともに、歓喜して涙する絵文字が送られてきた。正直にいうと、私もまだ信じられない。なんなら、そのRIHITOと一つ屋根の下に暮らしているのだ。


「うんうん、恵芽がそうしたいなら、それがベストだと思うよ」

私が片桐家で暮らすことを翌日優香に電話で話すと、拍子抜けするくらいあっさりと受け止めてくれた。

「昨日、散々飲みに付き合ってくれたのに、ごめん」
「いいのいいの!私も飲みたかっただけだし。それに…片桐家の兄弟と一緒に住めるなんてほんとにうらやましいよー。しかも、あの時のかわいい子犬くんまでセットとは!」
「うん、まぁ兄妹なんだけどね…」

いっしょに一夜を共にしたことは、面倒くさそうだから黙っておいた。
 
 
 あの翌日、目を覚ますとクッションの堤防の向こうに勇人がすやすやと寝ていて、起こすのも申し訳なくて静かにベッドから降りた。部屋の真ん中に立って見渡すと、この部屋をぐるりと囲む窓からたくさんの陽が差し込んでいた。窓から見えるお庭の緑が、目にも気持ちがいい。部屋に入ったときは深夜だったから分からなかったけど、とにかく、庭も部屋も、広い。
 和己さんが持たせてくれた洋服に着替えて(どうやって仕立てたのかサイズがぴったりだった)メイクを済ませて、勇人の部屋を出た。出る前にもう一回勇人の顔を見たけど、くるくるの髪の毛から見える寝顔がきれいで、本当にこの人と血が繋がっているのだろうかと、しばらくその場で顔をまじまじと眺めてしまった。
 その日はそれから、和己さんの協力もあって、私の家から荷物を運ぶことになった。引っ越しの荷物を運んでいるときに私が廊下に荷物をぶちまけてしまい、あまりの大きな物音に勇人が様子を見にきたりした。なぜか勇人がお風呂上がりで腰にタオル一枚出てきたものだから、目のやり場に困ってぎこちないやり取りになってしまった。ベッドのくだりもそうだったけど、その時も、悪態はつきながらも私の荷物を運んでくれたりしたから、たぶん本当はいいやつなのだと思う。ただ、直人さんや理人さんが言うように、ちょっとぶっきらぼうで不器用なのかも、と思うことにした。じゃないと、兄妹とは言え、態度が失礼すぎるからだ。

 
 勇人がピアノを弾く姿を見てみたいと思っていたら、それも意外とすんなり叶ってしまった。

「はやちゃんのピアノ?そんなの毎日いつでも弾いてるから、好きなときに聞きにいったらいいよ。あの子は部屋で寝てるかピアノ弾くかしかしていないから」

 ピアノのことをお父さんに尋ねたら、そんな風に教えてもらって、それでわざと機会を作って、勇人の部屋に行ってみた。こんなにぶっきらぼうで感情が見えない勇人がどんな演奏をするか、純粋にとても興味が湧いた。部屋の近くまでくると、かすかにメロディが聞こえてきた。聞いたことのない曲だ。オリジナルなのか、せつなくて、美しくて繊細で。だけど、同じところでいつも止まってしまう。作曲してるのってこの曲のことなのかな。
もっとメロディに触れたいと思って、気づかれないようにそっと部屋に入った。怒られる覚悟はできていたけど、勇人は真剣で、こちらの様子に気づいていないようだった。いつもの、気だるそうな雰囲気が微塵もない、表情は見えないけど、背中だけ見てもわかるいきいきとした勇人の姿に、思わず目を奪われた。何かが憑依しているようにも見える。一音一音正確に、感情を込めて、音をつくっていく。でもなんだか少し、窮屈そうにも見えた。シンプルに圧倒された。
 私が放心状態で勇人を見ていたら、急にピアノの音が止んで、背中越しに勇人が振り向いた。
「いつからそこにいんの」
「結構前からいたんだけど…勇人、すごいね!!」
 そこからはもう、自分の感想を、マシンガンみたいに勇人にぶつけてしまった。実は私もピアノを弾くのが好きだった。本格的に習ったことはないけど、うちにはピアノがあった。ピアノを弾くと、お母さんが喜んでくれたのでよく弾いていた。もう少し勇人のメロディを聴きたくてお願いすると、ものすごく嫌そうに、さっき弾いていた曲を、また最初から勇人が演奏してくれた。でも、やっぱり同じところで音が止まる。

…私だったら。

 そう思ったと同時に手が出てしまって、勇人が弾いていたのに続けて、鍵盤を触っていた。

 この部屋に降り注ぐ、初夏の陽の光のような、そんな旋律が合うんじゃないかな。

 音大で勉強している人に対しておこがましいんじゃ、なんて考えも浮かんだけど、一度弾き始めたら気持ちよくなって、そのまま即興で何小節か弾いてしまった。隣にいる勇人を見ると、相変わらず感情の見えない表情で、ただ鍵盤を見ていた。

やばい。怒られるかな。

そう思っていたら、思いがけない言葉が彼から発せられた。

「…悪くない」

思ってもなかった言葉を聞いて、ちょっと得意になってしまった。

「でしょう?!」

 聞いてみるとやっぱり、なかなか作曲が進まなかったらしく、私のおかげで勇人は一曲書けたそうだ。それを恩着せがましく、お礼ってことにして取り付けたのが、今日のディズニーランドでのダブルデートだ。兄妹でダブルデートってなんだかおかしいけど、優香がこのことをそう呼ぶから、すっかり感染ってしまった。勇人が私に対して作曲の、私が優香に対して(遅くまで飲みに付き合ってくれたことへ)の、お礼のダブルデートだった。


 それにしても優香の強引さに、少し憧れを抱くことさえある。
 約束した当日は片桐家に集合して、和己さんが舞浜まで送ってくれた。行きの車の中で優香は、自分から理人さんの隣の席に座って、終始話しかけていた。パークについてからもアトラクションでも、レストランでも、何かを買いに行くときでも、常に二人一組になるときには優香が理人さんの隣をキープしていた。あんなにきらきらした人の顔を直視できるなんてちょっと尊敬する。いっしょに暮らし始めても私はいまだに理人さんの顔が眩しすぎて、3秒以上目が合わせられない。たまたまトイレで優香とふたりだけでいたときに、

「こんなのまたとないチャンスだもん!ほんと恵芽に感謝!」

と私に興奮気味に話してくれた。相手の気持ち抜きにこんなになれるって、ちょっと羨ましい。

 
 優香のゴーイングマイウェイっぷりのおかげで、私は自然と勇人といっしょになることが多くなった。

「お前の友達すげーな…あんなにあからさまな好意もなかなか見ない」
「…だよね」

 ちょうどいいファストパスが取れなくて、センターオブジアースのスタンバイの列に並んでいるときに、前に理人さんと並ぶ優香の姿を見て、勇人がぽろっともらした。理人さんはというと、女性に対してはいつでも紳士なので、もちろん優香の相手をしてくれている。

「でもね、私、優香にいつも元気もらってるんだ。なんかひとりでいたらもやもや悩んじゃうタイプだから、優香がこうやって底抜けに明るくて、よかったなって思うことたくさんある」
「…ふーん」

 そう言って勇人は私のお腹のあたりに視線をうつした。

「で、なにその、お前の、めでたいやつは」
 勇人がめでたいと形容したのはこの、私が首から下げているポップコーンバケツだろうか。おどけた顔をしたオラフのバケツは、あるシーズンしか買えない限定のものだ。お気に入りで、家から持ってきてパークインした私は、かなりのディズニー好きだ。いちいち説明するのも面倒だったので、私はバケツを開けて、さっき補充したばかりのミルクティー味のポップコーンを勇人に勧めた。

「おいしいよ。食べる?」

 訝しげに中身を確認した後、勇人は私のポップコーンバケツから一粒ポップコーンを取り出して、自分の口に運んだ。

「…うまいな」
「でしょ?私なにげにこの味がいちばん好き」

 こないだおやつを差し入れに行ってから、勇人が甘党じゃないかと思っていたから、その仮説が確信に変わった。

「てか、勇人ってディズニーシー来たことないの?」

 同じ20数年間を生きてきたとしたら、ポップコーンバケツを知らないなんてことはあり得ないと感じたからだ。私がそう聞くころには、勇人は自然とバケツに手が伸びて、ひとつかみを自分の手のひらに乗せて、ひとつひとつ口に運んでいた。

「ない」
「今まで彼女とかいなかったの?」

 私がそう質問すると、それまで前を見ていた勇人が私の目を見た。

「それとなんか関係があんの?ディズニーシーって」
「え、恋人同士でデートって言ったら、ド定番な場所じゃん、ディズニー」
「あー…」

 そう言って勇人は空を仰ぐと、しばらくそのままにしてポップコーンだけ口の中でもぐもぐしていた。まるで頭の中にあるデータベースを照合していくみたいに、少し時間を置いてから、勇人はこう言った。

「そういうの好きじゃなかったからな、たぶん」

 彼女、いたことあるんだ。その一言で、その彼女がディズニーを好きじゃないってこともわかって、それきりその話はしなくなった。こういう、不器用で感情を出さないタイプの人が女性と付き合うときって、どういう風に始まるんだろう、とか私の頭の中で勝手な妄想が広がっていった。

 そんな風にいつも勇人の情報は断片的だ。自分からなんでも話すタイプでもないし、聞いても話したそうでもないし、そんな感じで勇人と会話が弾むことはほとんどなかった。
 でも無言だったとしても気を使わせない感じが勇人にはあった。初対面の人との沈黙はなんだか緊張してしまう私だったけど、勇人は敢えて、本人が沈黙を選んでいることが伝わるからか、片桐家の中でも特に、私にとっては気を使わなくていい気楽な存在になっていた。でも、兄妹なんだし、もう少しいろんなことが知れたらいいのにな。そんな風に思っていた。

 黙った勇人の横顔を見ながら、ポップコーンバケツに手を伸ばしたら、先にバケツにいた勇人の手にぶつかった。

 「あ、ごめん」

 ポップコーンと違う何かに突然触れてしまい、ちょっとどきどきした。謝る私に一瞥を向けて、そのままバケツからポップコーンを握りしめた勇人は、その一粒を反対の手で取り、次の瞬間、私の口に運んだ。

 「ん」
 「!」

 勇人の指が、私の唇に触れる。あっけにとられてそのまま一粒、口の中にポップコーンが転がりこんだ。指の感触に、自分の顔が赤くなるのがわかった。

 「あ、ちょっと!俺にもちょうだいポップコーン!」

 気がつくと、前にいた理人さんがいつの間にか目の前に迫っていて、私の手を握る。

 「はい、恵芽ちゃんが俺にあーんして?」
 「お前な」

 すかさず勇人がつっこんだ。

 「え、だって勇人もやってたんじゃん、恵芽ちゃんに」
 「あっ!はいはいはい!理人さん。私が運んであげます!」

 そう言って優香が割り込む。私が首から下げたバケツからポップコーンを取った優香は、顔を赤らめながら理人さんの、整った唇にポップコーンを運んだ。理人さんはもぐもぐする様子さえ、美しい。

 「うん、おいしいねこれ」

 それ以来、みんなで私のポップコーンをつまみながら、アトラクションに乗る順番を待つことになった。
 勇人はそれっきり、別に私に構う素振りも見せなくなったけど、さっきのは一体、なんだったんだろう。私の唇に、柔らかい感触とざわざわした気持ちが残ったまま、アトラクションを後にした。

続きます!