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古代史:縄文時代を誇りに思う

古代北イスラエル部族が日本にたどり着いたのが紀元前660年頃(皇紀元年)とすると、1万年以上前から縄文時代はどうだったのでしょうか?
実際に神奈川県に住んでいる私の周りにもいっぱい縄文貝塚がありますし、全国に縄文遺跡があります。

そして近年、縄文時代が原始的な狩猟採集だけの生活ではなく高度な技術をもっており、豊かな食文化もあり、しかし武器が見つからないことから1万年近くも平和で安定した生活だっという驚くべき事実が次々と分かってきています。縄文時代については海外の考古学者からも熱い注目を浴びています。

これには諸説あり定説は固まっていません。
その前提で私が個人的に支持している説は以下の通りです。

  1. 航海技術に長けた海洋民族と山岳民族が日本列島に一緒に住んでいた。

  2. 黒曜石を採集して活用していた。(最古は3万5千年前、神津島産は2万2千年前)

  3. 自然豊かで水もきれいな日本は食も豊かだった。また黒曜石の交易も幅広い地域を対象に行なっていた。(縄文時代1万5千年前)

  4. 鬼界カルデラが7300年前に噴火したことで西日本は壊滅状態となった。

  5. 縄文人は沖縄と名古屋より東北に逃げ、九州四国地方の縄文人の中には海外に逃れる人たちもいた。(5900年前三内丸山遺跡)

  6. 海外組の中で中東に渡った人たちは7000年前頃から始まるシュメール文明を興す手伝いをした。

  7. 海外組の中で北極海を越え北欧州に5000年ほど前に渡った人たちは古ケルト民族と融合した。

  8. そして、時代が過ぎ北イスラエル部族が2600年前に日本に戻ってきた。

ざっとこんなふうに私は考えています。
折に触れて、上記の記事を投稿したいと思います。ただし、私は本格的な研究者ではありませんので、参考にした記事を引用しつつですが。

その中で、縄文時代は自然豊かで水もきれいで食も豊かだった日本の風土の恵みもあって、平和な時代が1万年近く続いたと考えられています。全国で9万カ所を超える縄文遺跡が見つかっていますが、武器など争いの形跡が全く見つからないからです。単に恵まれていただけなのかもしれませんが、私は日本人としてこの事実を誇りに思います。

  1. 縄文時代に1万年も平和な時代を続けた日本

  2. 北イスラエル王国のエフライム王族の血統を引く皇室を中心に「和をもって尊しとなす国家」をつくった日本

  3. 現代の文化や教養、商道徳を含む道徳や公衆衛生などを作り上げた豊臣秀吉と徳川家康(幕府)の武士による安定政権をつくった日本

この3つは、いずれも世界に類をみない日本の業績です。これを誇りに思うことは日本人として当然であり、世界の誰からも非難中傷されるべきではありません。それを踏まえて、日本人として正しい道を歩み、世界に発信していきたいものです。



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