プロローグ

 「僕の息子になってください」
 見知らぬ中年男にいきなり意味不明のことを言われたというのに、目の前にいる若い男はさして驚いてもいないようだった。
ただ物憂げな半目(はんめ)を秋臣(あきおみ)に向けただけで、際立った美貌の面(おもて)には影すら射さない。
彼は向かい合ったテーブルに片肘をつき、完璧な曲線を描く頬を掌(てのひら)にのせた。
大きく深呼吸をした秋臣は両手を膝に置き、もう一度言った。
「僕の息子になってください」
 二人はまだ互いに名乗り合ってもいない。そもそも初めて会ってから7、8時間くらいしか経っていないのだ。しかもそのうちの六時間以上、秋臣はほとんど意識がなかった。目の前にいる若い男に関して分かっていることと言えば、今いるこの安普請の1Kのアパートが彼の住まいであるらしいということくらいだ。それでも秋臣は彼に懇願せずにはいられなかった。
「僕の息子になって下さい!」

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