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キルギスからの便り(33)ここは「砂糖」市⁈

投稿日 2022年10月28日

 無関係に思われたふたつの出来事が、実は同じ事象につながっていた―  推理小説の謎解きのようだが、そんなことはままある。別々に出会った友人が知り合い同士だったとか、異なる名前で呼ばれていて別物と思っていた物が同一の種類を指していた等々…。

 私がキルギスで出合ったふたつの謎が、ひとつの事柄につながっていたと気付いたのは、1年半を経てからだった。

秋から冬、見たことのない謎の作物がごろごろとたくさん積まれているトラックをよく見かけた。

 ひとつ目の謎はこの写真である。1年目に現地へ赴任して間もなく、学校へ向かうバスの中から、謎の物を積んで走る大きなトラックを何台も見かけるようになった。このゴロゴロした物は一体何だろう?茶色は土の色だと思うから、きっと農産物に違いない。ジャガイモだろうか。でもジャガイモより大きく、形が何となく違う。秋から冬にかけてこれを積んで幹線道路を走るトラックをかなり頻繁に目にするようになり、学校から歩いて10分程度の場所では同様のトラックが何台も集結していることがよくあった。

 誰かに質問すればよいのだが、あいにく尋ねられる人が近くにいる時にはこのことを思い出さず、決まって1人で歩いているときやバスに乗っているときに限って目に入ってくる。

 物体そのものが謎であるだけでなく、農産物がこんなにたくさん積まれて1か所に集まってくる光景も初めて見た。あまりに大量なので、もしやこれは作物ではなく、冬の暖房に使う石炭の類ではないかなどと疑ったこともある。しかし石炭の黒さや形状とはかけ離れている。

 キルギスは北海道と同程度の緯度に位置する。そしてこんな作物がバザールやスーパーなど一般の消費者が集う場所で売られている様子を見たことはなく、特定の場所へだけ大量に運ばれる。これらのヒントを聞いて、勘の良い人なら何の作物か分かるかもしれないし、北海道でこの作物を見た人もいると思う。しかし赴任1年目の私にはまったく見当がつかず、春になるとやがてこの作物とトラックの光景を見ることもなくなり、何か判明しないまましばらくは脳裏から消えていた。

 ふたつ目の謎がこちら。カフェのコーヒーに添えられていたスティックシュガーだ。中央に書かれているのはカフェの名前。右側の下部に英語でSUGAR、中央にロシア語で砂糖を意味するСАХАРと記されている。そして上部に書かれているКАНТはロシア語でカントと発音する。実はКант(カント)というのは首都ビシュケクの隣で、私が勤務し、暮らしていた市の名称だ。

キルギスのカフェでコーヒーに添えられていたスティックシュガー。右側に英語とロシア語で砂糖を意味する言葉の上に書かれたкантとは?!

 土地の名前が砂糖の包装に大きく書かれているのはなぜだろう。しかも「砂糖」を意味する英語やロシア語と同列に書かれているのは「КАНТ=砂糖」だからなのか?だとしたら、私が住んでいるのは「砂糖」市? このスティックシュガーに限らず、店で売られている砂糖にもкантと書かれたものがあり、常々疑問に感じていた。

 この謎が解けたのは、1年目の任期が終わりに近づいた頃だったろうか。私たち日本人がロシア語の授業を受けていた最中に、担当のロシア系の先生が雑談として「この辺りは砂糖製造がさかんな土地です」と語ったらしい。らしいというのは、当時の私はまだロシア語を確実に聞き取ることができず、授業後に同僚から訳してもらって理解できたからだ。

 なるほどカント市で砂糖が製造されているということは、たぶん地名が砂糖のブランドか会社名となり、包装にКАНТと書かれていたのだろう。確かめていないので詳細は分からないが、日本でも固有名が一般名化している例はたくさんあるから、砂糖にカントと記すことにも不思議はないのかもしれない。 

 さてここまで来たら、ひとつめの謎の答えはお分かりだろうか。私がカントで砂糖が製造されていると聞いた時にはすでに冬も終わっていたからか、トラックに積まれた物のことなどすっかり忘れていた。そして砂糖はサトウキビからとれるものと思い込んでいた。

 だがよく考えてみれば、サトウキビは沖縄などの温暖な地域で栽培される作物である。冬には氷点下20℃になることも珍しくないキルギスで、サトウキビから砂糖を製造するなどあり得ない。しかしその時の私の頭の中にはのんきにサトウキビがそよぎ、砂糖の包装に書かれたКАНТについて納得できただけで満足していた。

 翌年、2年目の秋に現地へ渡ってから数か月が過ぎた頃、食堂で学校の守衛さんと雑談をしていた時だった。どういう話の流れか記憶が不確かなのだが、この辺りで砂糖が作られていると再び耳にした。そして材料はテンサイ、いわゆるサトウダイコンであり、大量に運ばれてくるという。

 そう、私のひとつ目の謎の答えはテンサイ(サトウダイコン)だったのだ。振り返れば、あんなトラックを首都ビシュケクなどでは見かけたことがなく、目にした季節は秋から冬で、それはテンサイの収穫時期と合致していた。砂糖製造の盛んな土地だからこそ、謎の作物を見られたのだ。

 日本語でてんさい糖と言われれば砂糖の一種だと知っていたし、日本でもスーパーで売られているのを買うこともあった。テンサイは前回紹介したビーツと同じアカザ科の仲間だから、ビーツが食べられる地域で作られているのも納得できる。ビーツ好きを自認している自分がテンサイを思いつかなかったとは何たること!と、少々くやしかった。

 ふたつの謎が解けてから、砂糖について少しだけ調べてみると、日本で使われている砂糖の4割が国産で、そのうち北海道でテンサイから作られる砂糖の量の方が、沖縄や鹿児島でサトウキビを原料に作られるものより圧倒的に多いことを知った。

 日本でも作られている砂糖。沖縄へ旅行した時にサトウキビ畑を眺めて、生のサトウキビをかじり、黒砂糖を買って砂糖の原料を理解した気分になっていたけれど、もうひとつの原料であるテンサイについて思いをいたすことはなかった。まさかキルギスという外国で知ることになるとは…。

 これからは甘い物を口にする時、この甘味の原料は何だろう、温かい国から来たのか、涼しい地域で作られたのか、などと考えながら味わってみたい。


 

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