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キルギスからの便り(22) トヴォログ

投稿日 2021年7月14日

 ひんやり冷たいものを食べたい日が増えた。おやつに食べるならアイスクリーム、かき氷、ゼリー、プリン、白玉あんみつ…さて何がいいだろう。日本には冷たいお菓子がたくさんある。家庭で作っても買ってきても選択肢は広い。キルギスの夏も日本に負けず劣らず暑いが、冷菓の種類はとても少ない。あるとすればアイスクリームくらいだろう。それもバータイプで袋に入った、いわゆる「アイス」と気軽に呼べるような製品が大部分で、「○ー○○ダッツ」や「○ディバ」のような、カップタイプの上質なアイスクリームにはなかなかお目にかかれない。酪農が盛んな国なのだから、もっとアイスクリームのバラエティがあってもおかしくないと思うけれど、需要が少ないのだろうか

 酪農が盛んなのに、なぜか普及していないものがもうひとつある。ゼリー菓子だ。牛肉の消費量はかなり多いので、牛の骨や皮も大量に出るからゼラチンをとろうと思えば豊富にとれるはず。だがゼリーやババロアのような菓子は見かけないし、作って食べる習慣もないようだった。

 私は学校が夏休みの間は帰国していたので、キルギスの7、8月は経験していないが、5月や6月でも35℃を超えて、暑さしのぎに冷たいものを求めたくなる日はあった。

 そんな時、冷菓が限られた中で食べていたのは「トヴォログ」だ。トヴォログは牛乳から水分や脂肪が分離された乳製品で、見た目や食感はカッテージチーズに近い。

 だが決して同じではない。カッテージチーズはフレッシュでありながらも口の中へ入れるとやはり「チーズだな」と思うが、トヴォログは食べながら「チーズだな」とは思わない。ぽろぽろしていてさっぱりした味なので、そのままでももちろん食べられるけれど、おやつにするなら何か加えた方が良い。ブリヌイと呼ばれるクレープのような生地に包んで食べられることも多い。

カッテージチーズ状のぽろぽろした一般的なトヴォログ

 トヴォログといえば、普通はこのカッテージチーズ状のものを指すのだが、私がおやつにしていたのはこれではなく、バターのような直方体の形でスーパーに売られているものだった。商品は日本のように箱やケースで幾重にも厳重にパックされているのではなく、紙一枚で包んであるだけ。店頭に並んでいる時点ですでに水分が若干しみ出し、直接手に持つとベタっとすることもあった。そんな時は、ポリ袋でつまんで買い物かごに入れていた。

 カッテージチーズ状のトヴォログは脂肪の大部分が分離されているが、この直方体のトヴォログは脂肪がかなり残っている。包み紙に数字が記されているので、たぶん含有脂肪分のパーセンテージなのだと思う。7%のものもあったが、何となくコクが足りないので、いつも9%と書かれたものを買っていた。外見は「クリームチーズ」を連想するかもしれないが、これまた違うものであり、増粘剤などによるしつこさがなく、脂肪分があってもやはり食べながら「チーズだな」とは思わない。さっぱり感がある。

 これに蜂蜜をつけたり、レーズンやクルミを混ぜるのが私のおやつとしての食べ方だった。加糖タイプやレーズン入り、チョコチップ入りなどのタイプも売られているので、そちらを買えばそのままおやつになるのだが、プレーンに自分の好みで甘みや素材を加える方が楽しい。ビスケットやクラッカーを添えればもっとデザートっぽくなるかと思って試したこともあるが、どちらかといえばナッツ類と食べる方が好みに合った。

紙に包まれて直方体の形状で売られているトヴォログ。脂肪分が残っていて、外見はクリームチーズのようだが、もっとさっぱりした味がする。

 トヴォログは通年で食べる食材で、誰も夏のおやつと言う人はいない。私自身、真冬も食べていたし、いつ食べてもおいしい。ただ、汗ばむ日の夕方、徒歩15分程度の商店やスーパーに出かけ冷蔵ケースに並んだトヴォログを買い、そのまままっすぐ部屋へ帰るとトヴォログにはまだ冷たさが残っている。すぐさま開いて食べると、冷たすぎず、ぬるくもなく適当な温度になっていて、口の中に入れると気持ちが良いのだ。

 アイスクリームのような過剰な冷たさも甘さもなく、適当なしっとり感とさわやかさが初夏のおやつにはぴったりだった。

 好きならたくさん買い置きしておけばいいのだが、住んでいた寮の部屋には冷蔵庫が無かった。食べる時に食べる分だけ買ってこなければいけない。必然的に20~30分の散歩が必要になり運動した後だと、なおさらおいしく感じる訳だ。

 日本にいればトヴォログをチーズケーキやサラダなどと色々なお菓子や料理にアレンジしたかもしれない。でもキルギスに暮らしている時はそのまま食べているだけで十分においしかった。

 考えてみれば乳製品や蜂蜜、ドライフルーツ、ナッツなどは日本では安くない。しかも地元産の原料で保存料なども使われていない純粋な製品となれば、かなり値が張る。そんな材料を躊躇なく購入し、加工もせず日常のおやつとしてそのまま食べていたのだから、贅沢といえば贅沢だったのだろう。

 今もし目の前にバザールで買った蜂蜜とレーズン、クルミそしてトヴォログが詰め込まれた袋と、有名ブランドの高級アイスクリームの箱が並んでいて、どちらかを選べると言われたら、間違いなくトヴォログの袋を選ぶ。仮にアイスクリームの方が10倍以上高価だとしても。

 キルギスにいる時は、お菓子の種類がもっと豊富なら良いのにとか、上質なアイスクリームはないのかなどと、ぼやいていたくせに、日本に戻ってきたら手のひらを返したようにキルギスのトヴォログを懐かしんでいる。無い物ねだりやわがままを言ってみるのも、おやつの時間のちょっとした楽しみかもしれない。


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