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百年から始まる


1月13日の夕方、吉祥寺の古書店「百年」に足を踏み入れた。

Twitterでも触れたとおり、写真家の高橋マナミさんが撮影した写真の展示を見るためだった。

高橋さんと一緒に仕事をしたのは、2012年の夏ごろ。当時亜細亜大学4年生で、ドラフトを控えていたころの東浜巨の取材だった。東浜は「1位指名じゃなかったらショック」なんて言っていたっけ。

高橋さんと行き帰りの長い電車移動の間にいろいろと話をしながら、波長が合うと感じた。その後、仕事で一緒になることはなかったが(いまに至るまでない)、神宮で野球を見たり、たまに飲みに行ったりするようになった。

高橋さんからあるお願いをされたのは、2015年だったろうか。女子バスケの写真が撮りたい、なかでも吉田亜沙美選手の写真が撮りたい、どうしたらいいだろうか、という話だった。

『Number』の編集者だった私は、吉田の所属チームと連絡をとり、そういう希望を持っているフォトグラファーがいることを伝えた。それを機に高橋さんは一人でチームの練習場に行き、少しずつ、少しずつ、被写体との距離を縮めていった。

ほのぼのとした印象がある高橋さんは、それでいて、体内に熱源の核を持っている。だからいつも、じりじりと前に進んでいる。いつの間にかずいぶん遠くへ行っていることに何度も驚かされてきた。

吉田を追いかけ、しまいには、2016年のリオデジャネイロオリンピックでの雄姿を撮影するためにブラジルまで自費で飛び、観客席からレンズを向けた。熱意や誠意が吉田本人にもしっかりと伝わっていたことは、写真に映し出された表情を見ればわかった。

「百年」に展示されていたのは、その、高橋さんが追い続けた吉田の写真群だった。写真展および、集大成として制作された写真集のタイトルは『Long Yesterday』。十年一日。長い、長いきのうが、詰まっていた。


『雲のうえ』

写真集の脇に、小さな冊子が積まれていた。『雲のうえ』と題された、福岡県北九州市の広報誌だった。第31号。

こちらも高橋さんが撮影を担当されたものだ。高橋さんが以前Twitterで紹介されていたときから気になっていた。ただ、手にする機会はないだろうと諦めていたので、ここで出合えたのは幸運だった。

吉祥寺からの帰り、渋谷に向かう京王井の頭線の車内でさっそく読んだ。

「北九州スポーツ探訪」の特集記事がすばらしかった。

書き手は、元朝日新聞社、アフロ記者の異名をとる稲垣えみ子さん。パラアーチェリー、高校ボクシング部、女子硬式野球部、スポーツ少年団のソフトボールチーム、テコンドー道場、ウエイトリフティング、ボウリング場と、北九州市内の地域スポーツの現場を渡り歩き、そのときどきに去来した思いが綴られている。写真もまた、無名であったり未熟であったりするスポーツの人々の、しかしはつらつとした輝きを収めたものばかりで、ページを繰るのが楽しかった。

こんな仕事、したいな。

そう心から思い、うらやましかった。


まず、放てよ、矢を

その特集記事の中に、パラアーチェリーの重定知佳選手が発したという次の一言を見つけた。

「的はぼんやり見えていたらいい」

前回の記事で、書き手として自分が取り組もうとしているテーマには「そっちを追いかけて大丈夫か?」といった問いや悩みがつきまとうこと、それでも「残る」ものは追いかけてみるべきだという決意めいたことを書いた。それとみごとに符合する言葉にここで対峙して、私は思わず誌面から顔を上げ、数秒間静止した。

的の真ん中に当てようと、的を凝視し、弓を構えて硬直しても、いい結果が得られるとは限らない。まず、放てよ、矢を。「ぼんやり見えていたらいい」とはまさに、いまの私に必要で、これ以上なく勇気をくれる言葉だった。


北九州の男

無名の人々の物語も、じゅうぶんに魅力的な記事になりえること。

その記事の中にある、いい言葉に巡り合えたこと。

やはり、あちこちに散らばる、自分を支え、押し進めてくれるかけらのようなものが寄り集まってきている、との思いを強くした。

そして、ふと気づく。

北九州って…

今永昇太の出身地じゃないか。

先日、思いつきで設置したTwitterの質問箱に、「2020年 注目のベイスターズの選手は誰ですか」との問いが投げ込まれ、答えとして今永の名を挙げたばかりだった。高橋さんの写真展のため訪れた「百年」で幸運にも手に取ることができた小さな冊子が、私が今年、力を入れて追いかけようと思っている取材対象に、思わぬ形でつながったのだ。

しかも、その翌日(14日)には、今永の公開自主トレの取材が控えているではないか…。

ぬかるんだ泥をかき集めてつくったかのようにもろく不定形だった自分の心が、少しだけ固くなり、たしかな輪郭を持った気がした。


無名のボクサーの物語。

ある女性の物語。

これまでに続いてのベイスターズの物語。

特に今永昇太の物語。

そして、まだ触れていない、これから追いかけようとしている新たな競技の物語。

日々、さまざまな依頼に応える形でさまざまな原稿に取り組みながら、個人的な意思あるテーマとして、上記のラインを追っていくことになりそうだ。増える余地も、もちろんある。

2020年、歩いていく道が見えてきている。

その気持ちを、次作への励みとします。