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【私小説24】犬も食わない思い出をどうぞ

一度あれはいつだったか。
小学生の高学年になっていたかなかったか。
詳しい事はわからないが、自宅の玄関に営業マンのような男の人がやって来て、契約書のようなものに記入する、しない、で父と母がもめた事があった。
その時私と母は居間にいて、そこへ書類を持った父が入ってきた。
母は書類に記入したくない、すなわち契約したくない、父は今になってそんな事言うのか、という雰囲気だったと思う。
玄関に営業マンを待たせた状態で突然父が聞き取れない言葉で怒鳴り散らかし、持っていた書類を滅茶苦茶に破いた。
私はそういう時、お母さん大丈夫?とかお父さん落ち着いてとか、言える子供ではなかったし、両親ともに子供を不安にさせないように何か説明してくれるタイプの人間ではなかったので、私はただただ恐れおののいていた。
父は表向きの顔を作って、営業マンに契約しない旨をを伝えに行き、母は無表情だった。
父が営業マンを帰し、居間に戻ってきた。
先ほど自らがビリビリに破いた書類を拾い、力いっぱい握りつぶしながら何か恐ろしい言葉を吐いたのだが、その言葉が思い出せない。
それからしばらくの間、父と母は口を利かなかった。
私は学校が好きではなかった、というか嫌いだったので、家も安らぎの場ではないことがとても、とても悲しかった。

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