続 支援級を選択するということ。選択させるということ。
ふと思い出した。
美沙が支援級を選択すると言ったあの時の選択、なぜスッキリしなかったか。
まぁあれこれ書いていたのだけど、単純に、シンプルに「漢字がかけない読めない」ということが、障害という視点には思い至らなかったからだなと。
そして、さらに、え?と思ったのが、美沙が大学に入った時に自分で診断を受けたいとなった時、初めてこれを「軽度知的障害」というのか・・・ということで。
また、ここでも大きく誤解していたけど、軽度知的って実年齢より幼く見える人と思っていたし、言葉のチョイスももっと幼い人だと思っていたし・・・という、本当に頭の中で作り上げていたものだった。
だから、美沙はその部類には当てはまらない・・・そこじゃないしと。
小学校で療育行って、中学で支援級行って、そこから成績ついてなくてもいける通信制の高校に行って・・・という道を辿っていても。
でもこの価値観=私にとっての障害観はそういうことだったんだなぁ。
だから、そう言われてもピンとこないことがずーっとあって。
母としての戸惑いね。
だから結果として、何をどう選択したのか、結局我が子がこうしたいをシンプルに尊重していただけかも。
そこを通ったら先々こうなる、なんてこと考えることもなく。
そこで何をどう感じたか、そこはよく聞いてたし、子どものいうことだからとか、そんなことくらいでとか、そういう割り切り方だけはしなかった。
だからそれぞれに、いろんなことがあったけどね泣
そんな順風満帆に行かなかったよ・・・私がね笑
でも、それはハンデがあるから、ないからに関わらず、私自身が見ている、握りしめてる価値観がそうさせたんだなと。
じゃなきゃ今、そんな会社なんて起こすことなく、もっともっと自由気ままに子育て終わったぜーいぇーーーいって第二の青春謳歌してるはずだから。
でも。
会社起こしたのは、さらにそこ突き詰めたいと思ったし、何より私と同じような世界を見ているお母さんと繋がりたいと思ってるからなのです。
ライフワークでライスワークだな。
そういう価値観で縛られていたからこそ、そこじゃないよと我が子が見せる。
それこそが私の成長の源なのですよ。
私自身にまだ伸び代あるとすら思うのは、いろんなお母さんがそれを見せてくれると思うから。
人の成長って何かと問われたら、世界を広げていくことだと思うから。
こうだと思っていたものが、実はそうじゃなかったと知ること。
ダメだと思っていたものが、ダメじゃなかった。
ありえないと思っていたことが、ちゃんとあり得たということ。
まだまだ世の中にはいろんな人がいて、いろんな世界を見せてくれるからこそ、私はそこを純粋に、へー!そうなんだねっていうことなのかな。
だから、勉強ってテストでいい点を取るためではなく、自分の見たいもの知りたいものを知るためのものなんだな。
ってことを知るある講座を昨日受けていました。
うちの子、ハンデがあるのに就職とかできるのかな?
そう思うならあちこちいろんな話を聞きにいく。
子どもがどうしたいかはさておき、世の中こういうことで動いてくださる方がいると知るだけでその先を諦めなくていい。
ないない尽くしでみているだけじゃ何も始まらないわけで。
できないことはできる人にお任せして自分ができることはやってみる。
それだけで世界は変わるよ。
そして我が子の診断名、ではなく感覚での強み弱みってなんだろうかとよく観察してみる。
それがどこかでちゃんと人材ならぬ人財につながることもあるよ。
世の中の会社もそうやって動いてくれる場所になりつつある。
それ、すごいなぁって思いながら聞いていました。
支援級を選択したからって諦めることなんて何もないんだよ。
我が子にはハンデがある。
だからこそ進める道はちゃんとある。
そっち見ていこうね。
今日もここまでお付き合いくださり本当にありがとうございます。