御堂狂四郎の錬金術

 Vo.御堂狂四郎とGt.スイートボブが居る。二人、阪神梅田駅の前にて路上ライブ。

 目的は金。二人はとにかく歌を金に変えたかった。スイートボブ、指が切れるまで弦を掻きむしる。御堂、喉から血が出るまで叫ぶ。しかし、賽銭箱(口を開けたギターケース)には名も無き虫けら一匹転がっているだけ。やがてポリが来て怒られる。人々はこうした悲しさに打ちのめされて音楽を辞めていく。

 スイートボブ、ボロボロの皮のバッグからカップ酒取り出し、ごくごく。御堂も飲んだ。
『スイート、音楽ってこんなに儲からないもんなのかい』
 それを受けてスイートボブ、ニヤリと笑って言う。『儲かるやつはバカみたいに儲かるんだが、俺達はそうじゃない方らしいな』
『では、僕らはどうすれば良い?』と、御堂。
 ニコリと笑って『やめようか』と、ボブ。
 ニコリと笑って『こうなる事は予想できてた』と、御堂。

 音楽を辞めた二人は、早速ギターをリサイクルショップに売り飛ばす。付いた値段は500円。二束三文を具体数化したような値段。しかし元々がゴミ捨て場で拾ってきた物なので良しとする。二人、どちらがその500円を貰う権利があるのかで論争。争いが一時間に達した時、時給980円のバイトの学生がリサイクルショップから出てきて一言。『ケンカはダメですよ。なんで争ってるんですか?』これは効いた。

 御堂とボブは仲良く250円ずつ手に入れ、これでどうにか今日一日を過ごそう、その為に自分達は協力しようと約束した。御堂もボブも結局は一人では何もできない子羊。音楽の恥もなけなしの銭も二人で分け合う、そうしてこれまで生きてきた。固い握手。

 さて、二人は会議をスタート。テーマはもちろん、この250円を如何にして増やすかという事。今時、250円をもっていますなんて0円しか持っていない人間と何も変わらない事は二人も知っている。

 御堂には思案有り。スイートボブに説明する。

『スイートボブ、君は知らないだろうけど、かつて日本にはわらしべ長者という偉人が居た』
『聞いた事のない偉人だな。田中角栄より偉いのか?』
『比較にもならないな。安藤百福より、松下幸之助よりも偉人だよ』
『知らない名前ばかりだな、その人達は偉いのか?』
『君は何も知らないんだな』
『仕方ないだろ。黒人と売女のガキだぜ、俺は。およそ教育と呼べるものは受けてねぇんだ』
『威張るなよ。僕もイジメがイヤで登校拒否した家に居る鍵っ子だったから、君と大して変わらないよ』
『お気の毒。それで?わらしべさんは何をした人なんだ?』
『彼は全く新しい錬金術の可能性を示した一人なんだ』
『そいつはすごい』
『しかも、その方法は唯一といってもいい大成功を納めているんだ。驚くなよ、彼は一本の藁を巨万の富に変化させたんだ』
『おいおい、バカにしてるのか?いくらなんでもそれはウソだ』
『ウソじゃないさ。疑うなら、誰でもいいから町の人に聞いてみな。誰だって知ってるから』

 丁度、さっきのバイト君が仕事を終えて出てきた。スイートボブは彼にわらしべの事を聞いてみた。

『ねぇ、君。わらしべ長者って人を知っているか?』
『ええ、知ってますよ』
『ふむ、本当に居たんだな。では、その人は何をした人か知っているか?』
『藁一本から巨万の富を築いた人ですよ。やだなー、からかってるんですか?それぐらい誰だって知ってますよ』

 スイートボブは大急ぎで御堂の所に戻ってくると、謝罪した。
『俺が悪かった。俺はまったく無知で、人を疑う事しかしらない愚か者だった。君の言う事が正しいと分かったよ』
『分かってくれれば良いんだ。知らない事を知らないのは恥じゃないさ』
『俺は読めたぜ。君はそのわらしべ長者の錬金術を再現しようというんだろ?』
『その通り』
『しかし、そんな凄い錬金術をなぜみんなやらないんだ?藁一歩なら誰でも手に入るじゃないか』
『いいかい?物事は見返りが大きいほど、必ずリスクが伴うんだ。藁を富にしたわらしべ長者も、何も楽して儲けたわけじゃない。彼も一歩間違えれば、失敗して死んでいたかもしれないんだ』
『なるほど。聞く分には楽そうだが、実際は相応に危険な術ってことか。おもしれぇじゃねぇか』
『そうだろう?今の僕らは失う物がないからね。やる価値アリってことさ』
『乗った』

 二人は250円を巨万の富にすべく、わらしべ流錬金術の実験を行う決意を固めた。

『なぁ、御堂。それで、わらしべ長者は具体的にどのような方法で藁から富を錬成したんだ?』
『それはだね、まず彼は藁とアブを独自の方法で融合させ、ワラーヴという物質を作り出したと言われている』
『ワラーヴ、か』
『うん、ワラーヴには不思議な性質があってね。手に取るだけで人の悲しみを和らげる、強力なリラクゼーション効果があったんだ』
『なんともすごい物体だな』
『そうさ、その方法までは記載されていないんだが、とにかくわらしべはワラーヴを錬成し、それを泣き喚く赤ん坊に与える事で効果を立証した』
『赤ん坊で実験するとは、なかなかのマッドサイエンティストだな』
『その功績が認められて、わらしべは化学省から世界に一つしかないと言われている霊薬ミクアンを贈られるんだ。これを今後の実験に活かしてみせよ、とね』
『藁とアブから無害なハシシュを生み出したとなれば、それぐらいの恩賞があっても不思議じゃないな』
『わらしべは今度、そのミクアンから水分枯渇症及び嚥下不能症の特効薬を開発するんだ』
『なんだその病気は』
『昔はあったんだよ、不治の病さ。喉がどんなに渇いても、水が飲めない奇病なんだ』
『恐ろしい病気だな』
『そうさ。ところが、ミクアンから抽出したミクアロイドと呼ばれる物質は、その病気をたちまち治してしまうんだ』
『わらしべ長者は本当の偉人だな。まるで医学博士じゃないか』
『そして、治療した患者の一人が高名な科学者の娘でね。娘を助けてくれたお礼にと、その父親からキヌ.O-R1MNと呼ばれる繊維状の物質を贈られたんだ』
『なんなんだそれは』
『これに関しては謎に包まれているんだが、一説によると動物の怪我や疲れをたちまち無くしてしまう効果があったとか』
『ほんとか?そんな物が地球上に存在するのかな』
『わらしべ長者はそれを使って、とある侍の馬の怪我を治したそうだよ。そのお礼にでかい家と綺麗な嫁をもらったそうだ』
『え?』
『そのお礼に家と嫁を』
『それで?』
『それでって、それで終わりさ』
『えらく急に終わるんだな。なんだか錬金術っていうより、科学者のサクセスストーリーみたいだぜ』
『ばかだな、錬金術も科学の一つさ』
『そういうもんなのか。いやでも、これは少し違う気がしないか』
『いいかい、金ができりゃあ過程や性質なんて問題じゃないんだ。そういう固定観念が成功を妨げるんだよ』
『なるほどな。あ!じゃあさ、俺達が競馬で大穴を的中させて金持ちになるのも一つの錬金術と言えるんじゃないか』
『無論、それも錬金術さ。占いや統計学もある意味では化学と通じる部分があるからね』
『そいつは良い。スイートボブ流錬金術だな。よし、じゃあ競馬にいこうぜ』
『そうしようそうしよう』

 二人は野宿をし、翌朝尼崎の競馬場まで歩いて行った。

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?