激突!御堂狂四郎VS愛泉博士

 愛泉博士の研究所へ来ていた。なにやら頼みが有るとの事。

『博士、僕に頼みって?また変なバイトですか?金無いんでやりますよ、なんでも』
『そう言ってくれると思ってたわ。実はね、私と戦って欲しいの』
『た、戦う?それは流石にちょっと…。いくら仕事でも女性を殴る蹴るとかはやりたくないですよ』
『違うわよ。それに、どうやっても勝てないでしょ?殴る蹴る前にやっつけちゃうわ』
『かわいくない言い方しますね、年下のくせに。生物兵器女。マッドサイエンティスト。じゃあ何で戦うんです?ゲームとかですか?』
『ゲームじゃ尚更面白くないわ。何をやっても勝っちゃう』
『バカにしてるんですか?帰っていいです?』
『これを見て』
 愛泉博士がライトをつけると、そこには3メートル程の高さの人が乗れるようなロボットが立っていた。手足のついた箱みたいなやつ。

『あ、よく有るやつですね』
『そう、よく有るやつなの』
『これに乗って戦うってわけですね』
『そう。察しが良いわね』
『でも、なんでそんなことするですか?』
『実験よ、実験。じゃあ早速お願いね、乗れば自動的にエレベーターが動いて、地下2階のコロシアムに向かうようになってるから』
『コロシアム?まぁいいか。分かりました。でもこれ、大丈夫なんですか?』
『誰が作ったと思ってるのよ。頑丈だし、テスト運転もちゃんとしてるわよ』
『いや、そうじゃなくて僕がですよ。殴られたらぶっ飛びませんかね?パイロット剥き出しですけど』
『そういうのを確かめたくてお願いしてるの。じゃ』
『…』

 俺は言われるがままにロボットに搭乗して、ヘルメットを被り、シートベルトを締めた。本当に、色々な漫画やアニメで眼にするタイプの一人乗りロボットだ。
 パイロットの上半身が露出する有視界。レバーが二つとスイッチ、足元にペダルが二つ。レバーは旋回と、腕の前後左右。右のペダルのつまさき側を踏めば前進、踵側を踏めば後退。左のペダルは背中のブースター。前進交代旋回と組み合わせるとジャンプや滑空もできる。と、ヘルメットに組み込まれたチュートリアルアナウンスが教えてくれた。機関銃や大砲も装備できるらしいが、流石にそんな危険な武器は外されていた。

 エレベーターが地下2階に着くと、500メートルほど四方のコロシアムが目の前に広がっていて、そのど真ん中にちびの愛泉博士が腕を組んで待ち構えていた。下は黒のジャージ、上はセーターと、裾が地面に付くような白衣。いつもの服のままだ。コロシアムにはまるで似合わない服装がおかしかった。

『来たわね、早速だけど始めるわよ』
『ちょっと待って下さい、博士のマシンはどこにあるんです?』
『私は生身よ。強化した身体を試してみたいの。遠慮しないでいいわ、フルパワーで殴られても絶対死なないから』
『えっ』
『それじゃいくわよ!』

 俺があっけに取られていると、愛泉博士が信じられないスピードですっ飛んできた。まるでホイッスルと共に放たれた体育のドッジボールみたいに。
 彼女は小柄で線も細いが、全身の細胞を強化しているので運動神経も耐久力も化け物じみている。立派なイノシシかクマと戦うと思って良い。
 
 博士はそのままの勢いで俺のマシンのどてっぱらに蹴りを入れた。格闘技の心得は無い彼女だが、とにかく力が桁外れなので、あどけないフォームの女の子キックでも車に突っ込まれたような破壊力がある。
 10メートルほど吹き飛ばされ、危うく横転しそうになったが、オートバランサーとやらが機能して体勢を立て直してくれた。便利なもんだ。
 顔を上げると、博士が追撃してくるのが見えた。二度目なのでなんとか反応する。速いと言っても、目で追えないレベルではない。
 俺は頭に来たので左旋回でパンチをぶち込んでやろうと、一か八かレバーを目一杯押し引きした。動力のダイナモが超速度で回転し、マシンの腰が竜巻のように捩れる。
 博士の驚いた顔が一瞬だけ眼に写り、次の瞬間、メキッ!というとてもイヤな音が、広い空間に響いた。このマシンが静止状態から出せる全力が、モロに命中したのだ。博士の小さな身体は弾丸のようにぶっ飛び、コロシアムの壁に激突した。ビタン!と、またしてもイヤな音が響き、壁が崩れた。普通の人間なら間違いなくバラバラになって死んでいるだろう。心臓が縮み上がったが、同時に言い表せない奇妙な快感も感じていた。

『は、博士!大丈夫ですか?』

 砂煙が落ち着くと、愛泉博士は不機嫌そうな顔で瓦礫の上に立って、髪を整えたり白衣についた埃をはたいたりしていた。ここだけを見ると、道で転んだ女子にしか見えないだろう。

『大丈夫よ、かなり痛かったけど。なかなかやるじゃない』
『やっぱり女の子を殴るのはちょっと気が引けますよ』
『それにしては随分と嬉しそうな顔してるけど』
『いやいや、そんな…』
『おかえし!』

 さっき以上のスピードで飛んできた博士が、今度は拳でマシンを殴りつけた。爆発じみた衝撃に打たれ、マシンは俺ごと吹っ飛んで壁に叩きつけられた。蹴りより威力のあるパンチ。これを生身で喰らったら、障子を指で突くみたいに、簡単に穴が空くだろう。

 一体何で作ればこんな頑丈になるのか不思議なくらいマシンは無傷だが、大変なのは俺だった。首は鞭打ちになるし、身体の芯に鈍痛が駆け巡る。脳震盪なのか乗り物酔いなのか、物凄く気分が悪くなった。

『おえ…吐きそう…』
『あ、ごめんなさい。言ってなかったわね、右のケースに入ってる緑色の薬を注射してくれる?それを打てば平気になるから』
『先に言って下さいよ…これですか?』
 俺はガンタイプの注射を自分の太ももに打ち込んだ。すると、身体の不快感や痛みはたちどころに消え、視界は明瞭になった。

『これはすごい!…でも、これってヤバい薬じゃないですよね?』
『何言ってるのよ、ジャンキーだったくせに。でも大丈夫よ、それは変な薬じゃないわ』
『ならいいんだけど。今度はこっちから行きますよ!』
 俺は謎の薬の爽快感によって、バトルを楽しいと感じるようになっていた。
 今度はブースターを使って加速をつけ、その勢いのままパンチをぶち込んでやろう。それなら博士も痛がったり悶絶したり、なんなら泣かせたりできるかもしれない。そんな好奇心が俺を駆り立てた。

 ところが、博士も簡単には殴らせてくれない。当然、動きは身軽な彼女の方が圧倒的に軽快だ。ならばこちらはパワフルな動きで牽制する。さすがに力はこちらが上なので、腕をぶん回しているだけでも彼女の攻撃は相殺できた。
 博士の蹴りをパンチで受ける。蹴りをバックステップで回避し、ブースターを噴かし体当たり、博士はそれをしゃがんで避け背後に回る、俺はそれを予測していたので、得意の上体旋回パンチで反撃する。これが見事に命中し、またも博士は瓦礫に埋まる事になった。

 上半身を180℃旋回できるのがかなり有利だと気づいた。人間だと振り返って足の位置を動かさなければならないので、そこに隙ができる。しかしこのロボットは、回り込まれても上半身を回すだけで対応できる。博士も理屈ではそれを分かっているだろうが、慣れない戦いの最中なのもあって、不意を突かれてしまうのだろう。

 今度は彼女を気遣うような事はしない。全力で殴っても平気なのは分かった。このまま追撃してやる。俺は左のペダルを目一杯踏み込み、ブースターを全開にして吹っ飛んだ博士を追いかけた。そのままの勢いを乗せて、彼女が埋まっている瓦礫の小山の中心めがけて、このマシンが出せるであろう最大の力でパンチを叩き込んだ。

 右腕が地面に深くめり込むと同時に、ズドン!!という轟音。空間全体が激しく揺れた。手応えアリ。
 同時に、ヒューン…と情けない音を立てて、マシンのパワーを指し示すメモリが0になった。エネルギーが切れたのだ。
 
 俺はマシンの腕と瓦礫の隙間から中を覗き込んだ。すると、胸を巨大な拳に押し潰された形で、博士が苦しそうに咳き込んでいた。髪も服もめちゃくちゃに乱れている。不思議な優越感があった。
『博士ー、大丈夫ですか?僕の勝ちですね』
『…げほげほ。本当に容赦ないわね、本気で追い討ちしてくるとは思わなかった。人でなし。嗜虐癖。変態』
『そりゃないですよ、あんたが本気で戦えって言ったんじゃないですか』
『まぁいいわ、データはしっかり取れたし。それより早くこの腕を抜いてよ、苦しい。地面に埋まっちゃって動けないのよ』
『ああ、すいません。でも博士、ガス欠になっちゃって動かないんですよ。どうすれば良いですか?』
『…え?!』
『燃料切れです。さっきの必殺ブーストパンチで使い切っちゃったんです』
『そんな…じゃあここから出られないじゃない!』
『給油すれば良いじゃないですか』
『…給油?』
『ガソリン買ってくりゃ良いでしょう?レギュラーですか?ハイオクですか?あ、こういうのは軽油なのかな』
『バカ!そんなもので動いてるわけないじゃない。電気よ、充電しなきゃいけないの!』
『じゃあすれば…』
『専用の充電器はさっきの場所にしかないの。試作品だからその一台しかないし、動かせるような物じゃないわ』
『え…』
『はぁ…仕方ないか…。上の電話で研究所の人を呼んでくれる?勝手にこんな事して、すっごく怒られるけど…。それしかないわね…』
『じゃあ僕の給料は?』
『この状況でよくそんな事が言えるわね。誰のせいでこうなったと思ってるのよ!私は今どうやって言い訳しようか考えてるの』
『やれやれ、怪しい事ばかりしてるから…。身から出た錆びってやつだな』
『うるさいわね!さっさと電話してきてよ!』
『はいはい…。給料ちゃんと下さいよ』
 

 
 その後、彼女は重機で無事に助け出された。あんな施設やマシンを勝手に作っていた事が露呈し、謹慎だの罰金だのの罰が有るかと思われたが、助手であるハザマ博士が手配し、うまく取り繕ってくれて事なきを得たらしい。

 そして僕に給料を4万円くれた。いつもは5万円なのだが、破いた服の代金を引いておくと言っていた。理不尽な話である。
 
 
 
 

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