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ゆえに我あり

もしこの世が、映画みたいに誰かが書いたシナリオの中だったり、シミュレーションによるものだったり、箱庭の中にある虚構の世界だったりしたとして、それを知ったら自分の命を諦めたくなるか?

「もちろんその世界を操っているヤツと戦うヒーローではないとして」

難しいことを言うな、とジーは思った。

「ヒーローじゃないならそもそもシミュレーションの中にいるなんて気づかないんじゃない?」

「まー例えば、映画の中のいちモブキャラで、そのヒーローがこの世界は操られているって教えてくれるんだけど、自分はそれを見てるだけの非力な立場だった場合、とか。もうそういうことでいいから。」

自分の人生がこれまでずっと操られているものだったとして。
自分の人生のオチが、この世界の与り知らない誰かや未来にはつながっていかない、ただの計算結果だとして。
「自暴自棄になって人生をあきらめるか?それともやっぱり自分の意思を持って生きたいと思うか?」
「その意思なんてものがそもそも無いかもしれないけど」
「そう、そういうこと」

考え込んでしまう。ある程度の希望や意思をもって、こう生きていきたい、こうありたい、と思うこと自体が誰かに意図されたものなら、その意思をまじめに維持することに意味があるだろうか。

「頑張れといわれても頑張れないかも」
「うん」
「何か頑張って成し遂げたとして、それはシミュレーションで予期されたものなんだろ。自分がほんとうにやってやったってことにならないし。そんな大変な思いして、っていうのもそうだけど、達成感も作られたものだとしたら、なんかそのために頑張ることって出来んのかな」
「でも頑張らない、ということもシミュレーションの結果かも。」
「まあ、そらそうだけど」

頑張るか頑張らないか、という問いには、あまり意味がないのだろうか。

「うーん例えば…美味いとか、楽しいとか、そういう思いをすることすら無意味になるのかな」
「どうかな。」
「シミュレーションで仕組まれたものだとしたら、嬉しい思いをする意味もなくなるのかね」

例えば、と思う。クリステンとどこかに行って、楽しいことをしたり、なんかうれしいことがあったり。またそういう瞬間のために色々考えたりする、ということも、今後一切無意味になるのだろうか。

「美味いもの食っても不味いもの食ってもシミュレーションの中なんだよな。どうせそこから出られないなら、やっぱりいい思いする方がいいよなあ。よくないか、その方が」

「そう?こんなめんどくさい人生、もうこの先いい思いをすることがあっても、もうなんか投げ出したくならない?」

「うーん、そりゃめんどくさいなって瞬間はそうかもしんないけど。でも、おれはシミュレーションされていない状態にはなれないんだろ?じゃああまり、シミュレーションされてるって知っていようがいまいが、あまり変わらないんじゃないか。」

「そんなもんかな。なんか舞台裏見せられたら冷めたりしない?」

「まあ、冷めるっちゃ冷めるけど。でも結局、いるだろまだ舞台の上に。俺もお前も。」

「そうだね」

「シミュレーションでもなんでも、悲しいとか嬉しいとか思うだろ。少なくとも思ってると思ってるだろ。」

「うん?うーん、うん。」

「じゃあやっぱり、とりあえずそれっぽい現実を生きるしかないよな。自分の意思、あるって思うしかないよな」

クリステンは、うん、と一瞬は納得しかけて更にふと思い至る。

「観客がいるかもしれないけど?」

ジーは視線を泳がせて考える。

「風呂とかトイレとか行ってるのも丸見えかな。まあ、でもしょうがないよな。恥ずかしがれって言われたって…」

空の奥の見えない視線を探るように首を巡らせる。

「俺たちの命、茶番かな。」

「茶番だろ。」

「まあ、そうか」

「ヒーローだって人生の大半は寝て食べて糞してるんだぞ。こんな茶番、よく見てられるよな」

「早送りでしょ。ダイジェスト版に編集されてるかもよ」

「マジか…寝て食べて糞してる時が一番なのにな。」

本当は、茶番だったらいいのにと思うこともある。そうしたら、グダグダな人生の責任を全部シミュレーション中のそいつに押し付けて、罪悪感なくどっかに行ってしまえるのに、と。

でも、今自分が思っている、感じている、という感覚がここにあって消え失せない以上、そんな風に「思う」自分を手放すことはそう簡単じゃなさそうだな、手元の携帯電話にある写真を見返しながら、ジーは思う。これだけ長く居着いてしまったら、茶番から降りるのも難しいのだ。

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