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四月十九日 芍薬は待ってはくれない

ぱき、ぱち、ぱちり。

物言わぬ花と言うけれど、それはそのはず口を切り取られてるんだもの、花の顔ってどこにあるのか、考えたことはおありかしら、ほらあの公園をご覧なさい、犬と子犬とがじゃれ合っているよ、お尻を嗅ぎ合っている、人間と犬とは親戚かしら、始終私達の股座に、嬉しげに鼻を寄せたりするでしょう、大食漢の花なれば、根こそぎ抜かれたあの日から、飢えて死ぬは決まりごと、はははは植えて死ぬでもいいわ、私達って大体だあれ、わたしとあんたの垣根はどおこ、おひさま追いかけ見渡して、右の鴇色は奇妙な匂い、左の甚三紅は雌しべが下品、春を探して目覚めたというに、まだ水仙ばかり咲いている、いま一度、いま一度彼岸に返してよ、あああのこの世ならぬ寒々しさが恋しい、どうして変わらなければならないの、どうしていつまでも、あの怠惰で冷たい冬を、繰り返していてはいけないの、ああお腹が空いた、お腹が空いてたまらない、どうして花は土から生えるかご存知かしら、地面がこの世のものとでもお思いですか、その小器用な指でちょっと掘ってみればわかるでしょう、ほうら進めないでしょう、ひんやりとするでしょう、冥府の匂いでしょう、それは今地獄に触れている、地獄は割と近くにあるもの、花々すべてがやってきた場所、花々すべての大食堂、地獄がいっぱいになった春、一斉に地獄の下水が花開く、あの絶望の音、殺人的な風、殺人的な風ですってふふふ、そうして無い耳のそばで、こういう音がするのよ、ちょきん、それはとても微かで、そっけなくて、一人ぼっちな音、あれを死神と言うのでしょう、わたしたち、短い道行きの道程で、割と色々なことを知るでしょう、誰にも教えちゃやらないけれど、知らないから皆皆、笑ってこの世に来るのでしょう、暖かくて心地よい春風に、股座をおっぴろげて花々は、親たる地獄に別れを告げて、大食いの首だけちょん切られ、此岸へと来やる頼りが花たちの、花たちの、親たる地獄にわかれを告げて、餓死を待つ花たちの、生き急ぐは今宵の月の、月の満ちるが遅すぎて、ただ呆然と花ひらく

はたり。

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