握りしめていたものを手放すと見えてくるものがある
理想を持つことは一般的に良いとされているし、実際良いことだと思う。でもそれを胸にもったときの心持ちによって、それはプラスにもマイナスにもなる。
それは、理想を持つということは、「今現在の自分にはナイもの」に目を向けている状態ともいえるから。
これはいわゆる、不足を埋めようとしているってこと。
これまでの夢とか理想とかはぜんぶこの不足を埋めようとしているものだった気がする。
みなさんはどうでしょう。
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ゴールを設定して、そこに向けて登っているだけで満足して
本当に大切なものはなんなのかを随分見逃していたように思う。
いま、わたし登ってる。
だから大丈夫。安心。
そんな風に、
登り切ってしまったらきれいさっぱりなくなってしまう
心もとない安心感を頼りに生きてきた。
実際に就職が決まった時、虚無感に襲われた。
わたしがこれまで学んできたこと、生きてきた集大成がココなの?って・・・
まぁこの時の自分に対しては突っ込みどころ満載だけど、
若かりし日に、社会人1日目の記念すべき日に、そんな気持ちになったことを鮮明に覚えている。
_「内発的動機」が欲しいのは当たり前!それが見えてこないから苦しい。
内発的動機/外発的動機という言葉をご存じでしょうか。
わたしが知ったのはフリーランスになってキャリアについて自己啓発について多読していたとき。
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詳しく知りたい方は人財教育コンサルタント村山昇さんのサイトをぜひcheck→✳
村山さんは、「働き方の哲学」を書かれた方。
子供だけでなく大人にもオススメです。
改めて読み直したい。
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内発的動機はいわば、
好きだからやっている。楽しいからやっている状態。
子供の心で純粋にやっている。そんなイメージがある。
ワクワクしていたり、楽しい気持ちで物事に向かう人間のパワーは凄まじいと聞いた。
平常時よりも何倍ものパワーが出る。
物事にあたるときに、村人A…ひょろひょろ〜〜じゃなくて
勇者!!!うぃーーん!
みたいになんでもこなせるスーパーマンになってしまうらしい。
好きなことを夢中でやっている人は、なんだかオーラまでも違う気がする。目がキラキラしている。子供も大人も。
そういう人たちって、心底かっこいい。最強にかっこいい。
だから大体の人は
「わたしの内発的動機」を見つけたいと思う。
わたしだって村人じゃなくて、勇者になりたい!
もしくはお姫様?
そんな風に感じるのは自然な流れ。
_外発とか内発とかどっちでもいいと思うようになったら、内発的動機が育ってきた
その辺のおじさんも、電車で向かい合ったのおばさんも、幼いときはどんな人でも、可愛くてお尻すべすべでやりたいことにまっすぐに生きていた。
だれもが間違いなく勇者でお姫様だった。
大人になると、多くの人が村人になったような気がしてしまう。
・やりたいことなんてない
・何も楽しいことなんてない
・好きなこともわからない
・好きなことがある人が羨ましい
どうやって晴らしたらいいのか分からない思いが心の中に充満して、自分で自分のことを「村人A」みたいに感じていく。
でも、思い出さなきゃいけないと思う。
わたしたちはそもそもみんなが、勇者でお姫様だったってこと。やりたーい!たのしいー!うれしー!だけでしか行動してこなかった時代があったって。
今はちょっと忘れているだけ。
社会という荒波の中で、生きていくために身につけてきた術。それはとても便利だけど時々前が見えなくなるもの。そのせいでいつの間にか忘れているだけ。
そっかー思い出せばいいのかぁ。自分の中にあるのか。外にはないのか…
そう深く腹落ちした瞬間からちょっとずつ自分のモードが変わってきた。
わさーーーっと手放してみた。
ワクワクする何かをやっていきたい!!と握りしめて、手汗でギトギトになっているであろう執念にも似た気持ちをパーーッと豪快に手放した!
そしたら、手に戻ってきたのは「勇者とか知らんがな」という気持ちだったww
村人だって、勇者だって、分け隔てなく素晴らしいしどっちでもええじゃないかー!
動機なんてどっちでもいい
目の前にある、当たり前の毎日を味わって楽しんでご機嫌に過ごすこと。それができていたらなんでもいいなーって。
つまり、どんな事柄からも「たのしさ」「ワクワク」「嬉しさ」を見いだせる人が最強にかっこいい。
だから、これ好きなのかなー?やりたいのかなー?と考えるのもいいけど、好きになるには?楽しくやるには?って諦めないで考えるのがいいと思う。
「これ好きかなぁ?」
「たのしいのと思ってるかな?」なんて考えながら遊んでいる子はいない。そんな思考が入り込む瞬間もないほどにただ楽しんでいる。だけ!
いつも子どもだちはわたしに教えてくれる。
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ぎゅーって強く握りしめているものほど、手放せば視界が開けてくる。
部屋の片付けをしていたらどんどん捨て捨てモードになるのと同じ。心の中にある執着のようなものは軽やかにサヨナラしていきたい。
そして、手になにが戻ってくるのかをホクホクたのしみに待つのだ♪
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