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言い方には節度を持とう

タクシーの迎車料金等について笠井信輔さんがご友人の経験談として公開した話が世間をザワつかせているという。
東京駅近くのホテルから出たご友人。タクシーが来ない状況にホテルマンが『お呼びしましょうか?』と助け船を出した。来たタクシーの乗車したが、降車する際の領収書にタクシーの迎車料金とタクシーアプリ使用による手数料が上乗せされていたという。ホテルで迎車料金が取られたことに対して、ご友人が違和感を持ったということに、同じような経験はありませんか?とSNSで発信した。

するとこれに反応した方から賛否両論が出た。東京に住んでいると、タクシーが街中を走っているので、この“迎車料金”という認識が薄れてしまう。通常、流しのタクシーを呼び止めて利用する分にはこの迎車料金は発生しないが、自分の現在地などに呼び寄せる場合は、タクシーが指定された地点まで走行する距離や時間に応じて料金が発生するのだ。

ホテルには何台ものタクシーが客待ちしていることがある。そこで乗車しても当然ながら迎車料金は発生しないので、その感覚であったならば今回料金が発生しても仕方がないと言えるだろう。
このご友人も笠井さんとは同世代とすれば、確かに昔はホテルによっては迎車料金が発生しないこともあったと思われる。しかし時代は流れ、現代にいたっては、逆に発生しないことの方が珍しくなっているのかも知れない。

サービスは無料という感覚が確かに昭和にはあった。サービスは顧客満足に繋がるもので金銭で表すことが出来ないので無料で行っていたことが多かった。しかし欧米ではチップが当たり前の世界なので、無料のサービスという概念は通じない。それに倣って日本にも有料サービスの文化が定着してきたという経緯がある。Z世代には通じない世界が過去には存在していたのだ。

今回の件で私見を言わせていただくなら、笠井さんのご友人、ホテルマン、タクシーの運転手が登場するが、誰も悪くはない。これが前提。それぞれが自分の常識の中で判断している。ホテルマンが迎車を請け負った時点で、追加料金が発生することをご依頼者に説明、確認しておけばこの話は表沙汰にならなかっただろうとは思う。その時点でご依頼者が追加料金を支払うことを望まないのであれば、少し通りに出れば場所柄流しのタクシーを捕まえることが出来るという選択肢を与えることが可能であった。サービス業に携わる者としては、もう少し依頼者に寄り添った言動をした方が、有名ホテルの従業員としての格を上げられたと思う。

このSNSについての反応について、この件だけではなくいつも思うことであるが、何とも高飛車に反応する方、または感情むき出しのように反応する方がいらっしゃる。

ご友人の経験談についての感想を求められただけなのに、『迎車するのに料金が発生するのは当たり前』、『自分でタクシーを拾ってください』などの意見も見られる。このご友人が迎車料金を取られることを認識していなかっただけで、このような言葉をチョイスする方の言動の方が違和感がある。

知らないことは罪なのだろうか?常識とは世間一般の方の多くが知っているということであって、国や人種が異なれば常識というものも覆ることもある。つまり私たちの常識というものは絶対というものではないのだ。政治家などが不正を指摘された際に知らなかったとすることとは別次元で、世の中には常識と思っていたことが非常識だったなんてこともあるだろう。実際、自分を取り巻く環境や世界が広いかどうかで、見えて来るものが違ってくるだろう。すると常識というものがそれに連動するように変わって来てしまうかも知れない。

日本語は世界でも珍しく表現豊かな言語であると思っている。批判するにしてもその言い方や表現を変えることで、発信者の印象は変わってくるものだと思う。誰しも罵詈雑言は受け入れたくないもの。しっかりとした日本語を使うことが日本人としての務めでもあるのではないだろうか。


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