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部活問題にピリオドを!

内田良さんの講演を聞きました。

 内田さんと言えば、以前から学校での柔道事故や組体操の危険性を訴えていること、部活問題への取り組みで有名な大学の先生です。
 「ウチダは柔道、組体操、部活を全廃しようとする悪い奴だ!」と思う人からの非難もあるようですが、そもそも内田さんは柔道も組体操も部活も全廃しろなんて言っていません。安全に、子どものためになるように、持続可能なものに していきましょうと提言しています。

 印象的だったのが、内田さんが日体大の荒木達雄教授に会った時の話です。日体大体操部部長で、組体操の権威でもある荒木先生に会ったときの第一声が「内田さん、ありがとねー!」だったというのです。
 どんどん段数を増やし、危険な技を子どもたちにやらせる風潮に、荒木先生は憤っていたそうです。組体操の第一人者は、目先の興奮より、安全に、楽しく、子どもたちのためになる組体操を持続させていくことが大事だと考えているのです。

 荒木先生が指導する日体大の組体操の動画を見ると、低い段数で、しかし芸術的な表現活動になっています。これを見ると、グラグラした不安定なタワーを見るのは表現を味わうというより、ハラハラドキドキのスリルを味わっているだけに過ぎない、と感じます。
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20160429-00057139/

 そして組体操で実際に命を落としたり、後遺症が残ったりしている例もあります。もし自分の子どもが組体操で命を落としたら、「ツイてなかったけど、組体操のためなら仕方ない!」とは思えないですよね。

事実を分析し、どのような行動につなげるのか。

 今まで学校現場ではAの行動をとることが多かったはずです。そこに内田さんが警鐘を鳴らしました。過去の事故事例を徹底的に調べ、その危険性を世間に訴えたのです。
 「組体操は危険だ」と世論が動き出すと、学校はBの行動をとりたくなってしまいますね。しかし内田さんは全廃ではなく、

ということを提唱しているのです。
そして部活も同じような問題(もっと根が深い)を抱えています。

部活問題

 一番の問題は「制度設計」がないこと、と内田さんは言います。
 部活は教育課程に位置付けられていないので、何の調整もなく放課後一斉に行われます。授業であれば、音楽室や理科室がダブルブッキングにならないよう調整したり、国語や数学の時数が国の規準に則って配分されたり、きちんと「制度設計」されているワケです。授業は教育課程上、「必ずやりなさい」と位置づけられているからです。
 しかしそもそも自主的な活動とされ、「やらなくてもいいけど、やってもいいよ」という扱いである部活動には制度設計がないため、狭い敷地内で複数の部が同時に活動します。そしてその最悪の結果が群馬県の高校で起こった事故でした。仮に、部活にすばらしい教育効果があったとしても、生徒を殺してまでやることではありません。

 「だから必ず顧問がついてなきゃダメなんだ!」という意見もあると思います。しかし、それを実行するためには、生徒指導があろうと、進路事務があろうと、テストの採点があろうと、部活指導を最優先しなければなりません。
 しかし、校長が「勤務時間外でも必ず顧問がつくように」と命令してしまったら違法なので、各顧問が自発的にやることになります。
 しかし、家庭の事情でできない人もいるし、そもそも勤務時間外なので先生たちには法的に、「やらない自由」があるはずです。もう八方塞がりです。「しかし」を三連発で使ってしまうくらい矛盾した状態なのです。みんなが苦しいのです。

 私も内田さんの話を聞くまで、部活指導が苦しい理由が分かりませんでしたが、「そもそも勤務時間内に、学校の施設内ですべて収まるように制度設計されていないから」だったのです。

 部活が教育上どうしても必要であるなら、きちんと教育課程に位置づけ、授業に組み込み、人も増やして、「制度設計」するべきなのです。
 「部活が嫌なら教師ヤメロ!」などというクソ意見も一部にはありますが、感情論ではなく、「今の体制の中、少なくない教師(生徒も)が悲鳴をあげていて、もはや持続不可能である」という客観的事実の分析が大切です。法的根拠もなく、「現場の教員が自発的にやっている」という建前で続けていくのはもう無理なところまで来ているのです。そもそも教科の教員として採用されているのに、「部活が嫌ならヤメロ」なんて感情論、議論の余地すらありません。

 「競争原理」としての部活動ではなく、生徒の「居場所」としての部活動にしていきませんか、と内田さんは言います。活動時間や日数、大会参加数などを制限し、子どもたちがもっと気軽にスポーツや文化活動を楽しめる場にしていきませんか、ということです。

 「そんなことしたら勝てない」「オリンピック選手が育たない」と言う人もいます。しかし、学校教育の目的は「勝つこと」でも「オリンピック選手を育てること」でもなく、「子どもたち1人1人の成長」です。

 それに50年前ならいざ知らず、今の競技レベルで、「部活を強化することでオリンピック選手が育つ」と考えることの方が非科学的でしょう。瀬戸大也選手や羽生結弦選手は部活で育ったわけじゃありません。

 価値観はそれぞれだけど、変えるなら今でしょ?
 誰かが変えてくれるのを待つんじゃなく、声を上げよう。
 部活問題にピリオドを!!!

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